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第62話 「だから、お前の持つだろう店を、RINGERの巣にもさせてくれ、って言ってるの」
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「……美咲お前、さっさと店開いちまえ」
「何言ってんのよ、だから資本がね」
「百万だったら俺出せるぞ」
「兄貴? ちょっと待ってよ、あんた達まだそんなに売れてないでしょ」
「それとは別だ。お前俺が貯金してたの、知ってるだろ」
「……うん」
どうしてこの男にそんなことができるのだろう、と思いながら、知っていた。
「それから…… おーい、オズ!」
何だよ、と向こう側でマキノ君やサポート・キーボードのフジガワラさんと呑んでいたオズさんは立ち上がってやってくる。相変わらず歳より若く見えるひとだ。
「何? いきなり。あ、美咲ちゃん来てたの」
「お前さ、『スタジオ資金』まだちゃんと安泰か?」
「あ? やぶからぼーに何だよ。安泰だよ。一応、給料はちゃんと出てるし、少ないけど印税入ってきたし」
「ホントに少ないけどな」
へへへ、と二人は顔を見合わせて笑う。オズさんも原曲作りで名前が出ているから、印税は入っているらしい。それにしても。
「『スタジオ資金』?」
「お前それで百万くらいはあるか?」
「百万は無いけど、八十万くらいはある」
「それ、美咲に出資してくれないか?」
「兄貴!」
私はまた声を上げていた。
「無論俺も出す」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
オズさんは一気に酔いがさめた、という顔になる。
「出資って…… 美咲ちゃん、何かやるの?」
「こいつはカフェを出すために、ほんっとうに真剣にここんとこ働いてきたんだと。ところが、あれも出すのにタイミングって奴が要るだろ?」
「……ああ、そうだよね。とりあえずブームがあるうちに、客を掴んでおいたほうがいいってのはあるね」
「だろ。だけどその欲しい資本の今、1/3しか貯まっていないんだと」
「1/3でも凄いよ」
「そう。で、そのすごさに俺は感動してしまったの。……で、俺も虎の子の百万を出そうと思っているんだけど」
「兄貴そのスタジオ資金って」
「あのさ、美咲ちゃん、スタジオでも何でもいいし、どうしても俺達メジャーに引っかからなかったら、その時には自分達で事務所を作れるくらいのことはしておこう、と思ってたわけよ。ほらこのひとももうそろそろ三十路近いし」
「るせー、まだ二十九だ」
「四捨五入すれば一緒でしょ。……でまあ、俺ら結構地道にやってたでしょ。まあ代々のヴォーカルとベースはともかく、俺はずっとこいつとやってこうと思ってたからさ。こいつより少し遅れてだけど、貯金してたって訳」
はあ、と何となくバンドマンとは思えぬ発言にため息をついた。
「……そーだなあ。あとカナイとマキノにも十万くらいづつ出させるか」
「ああそれがいいね。俺はお前がいいって言うならいいよ」
「ってオズさんまでそんな簡単に」
さすがに私も焦った。どうしてそういう展開になるんだ。
「間違えるなよ美咲。俺はお前等に出資しよう、って言った訳で、金をやるって言った訳じゃないぜ?」
「……って」
「だから、お前の持つだろう店を、RINGERの巣にもさせてくれ、って言ってるの」
巣、ですか。
「何がこの先俺達に起こるか判らないからな。無論お前が前に言ったように、俺達はBIGになる予定だが」
「何美咲ちゃん、そんなことこいつに言ったの」
恥ずかしながら、言いました。
「……もし何かあって、RINGERが路頭に迷うようなことがあっても、その時に食うのに困らない店があると、いいと思わないか?」
「おおそれはいい考え」
ぽん、とオズさんは手を叩いた。
「俺はそのセンでオッケーだからね。うん、マキノとカナイにも言って来よう」
そう言ってオズさんは少しわざとらしい程さっと立ち上がった。それ以上のことを自分が言っても何だ、と思ったのだろうか。
それとも。
「俺はな、美咲、お前に何もしてやれたことが無いんだ」
「それは別に、今更」
彼が負い目を感じていることは、知ってはいるけれど。でも今更。
「だからな美咲」
ぐい、と彼は私のほうを向いた。
「お前とっとと店出せ。それでサラダちゃんが座ったままでできる仕事作ってやれ。それでいいじゃないか?」
「座ったままで」
「そういうスタッフに、すればいいじゃないか。店内のディスプレイ? とか結構好き? とか言ってなかったか? 立てなかったら、歩けなかったら、そこに手が届かないとこにはお前が手を出せばいい。だけどそれを考えるのはお前よりサラダちゃんの方が向いてるんだろ?」
「兄貴……」
「カウンタの中を高くして、椅子に座って接客や簡単な調理とかできない訳じゃないだろ?」
探せよ、と彼は言っているのだ。立ち止まっていないで。私がすぐにでもカフェを作れる方法を。サラダがそのカフェで働く方法を。
「俺はこれまでお前に何かしてやったことも無い。いつもお前に迷惑ばかりかけてきたと思う」
「……そんなこといいよ。面と向かって言われると気色悪いし」
しかし彼は構わずに続けた。
「この先お前に何かしてやれるという保証も無い。だけど今だったら、できる。金で解決、という方法しか俺には上手く浮かばないけれど、お前が役立てろ」
「あ」
りがとう、とは言えなかった。
また喉が詰まったのだ。
*
そしてあと百万から二百万が必要だった。
私は土曜日の午後、思い切って新幹線に乗った。
「何言ってんのよ、だから資本がね」
「百万だったら俺出せるぞ」
「兄貴? ちょっと待ってよ、あんた達まだそんなに売れてないでしょ」
「それとは別だ。お前俺が貯金してたの、知ってるだろ」
「……うん」
どうしてこの男にそんなことができるのだろう、と思いながら、知っていた。
「それから…… おーい、オズ!」
何だよ、と向こう側でマキノ君やサポート・キーボードのフジガワラさんと呑んでいたオズさんは立ち上がってやってくる。相変わらず歳より若く見えるひとだ。
「何? いきなり。あ、美咲ちゃん来てたの」
「お前さ、『スタジオ資金』まだちゃんと安泰か?」
「あ? やぶからぼーに何だよ。安泰だよ。一応、給料はちゃんと出てるし、少ないけど印税入ってきたし」
「ホントに少ないけどな」
へへへ、と二人は顔を見合わせて笑う。オズさんも原曲作りで名前が出ているから、印税は入っているらしい。それにしても。
「『スタジオ資金』?」
「お前それで百万くらいはあるか?」
「百万は無いけど、八十万くらいはある」
「それ、美咲に出資してくれないか?」
「兄貴!」
私はまた声を上げていた。
「無論俺も出す」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
オズさんは一気に酔いがさめた、という顔になる。
「出資って…… 美咲ちゃん、何かやるの?」
「こいつはカフェを出すために、ほんっとうに真剣にここんとこ働いてきたんだと。ところが、あれも出すのにタイミングって奴が要るだろ?」
「……ああ、そうだよね。とりあえずブームがあるうちに、客を掴んでおいたほうがいいってのはあるね」
「だろ。だけどその欲しい資本の今、1/3しか貯まっていないんだと」
「1/3でも凄いよ」
「そう。で、そのすごさに俺は感動してしまったの。……で、俺も虎の子の百万を出そうと思っているんだけど」
「兄貴そのスタジオ資金って」
「あのさ、美咲ちゃん、スタジオでも何でもいいし、どうしても俺達メジャーに引っかからなかったら、その時には自分達で事務所を作れるくらいのことはしておこう、と思ってたわけよ。ほらこのひとももうそろそろ三十路近いし」
「るせー、まだ二十九だ」
「四捨五入すれば一緒でしょ。……でまあ、俺ら結構地道にやってたでしょ。まあ代々のヴォーカルとベースはともかく、俺はずっとこいつとやってこうと思ってたからさ。こいつより少し遅れてだけど、貯金してたって訳」
はあ、と何となくバンドマンとは思えぬ発言にため息をついた。
「……そーだなあ。あとカナイとマキノにも十万くらいづつ出させるか」
「ああそれがいいね。俺はお前がいいって言うならいいよ」
「ってオズさんまでそんな簡単に」
さすがに私も焦った。どうしてそういう展開になるんだ。
「間違えるなよ美咲。俺はお前等に出資しよう、って言った訳で、金をやるって言った訳じゃないぜ?」
「……って」
「だから、お前の持つだろう店を、RINGERの巣にもさせてくれ、って言ってるの」
巣、ですか。
「何がこの先俺達に起こるか判らないからな。無論お前が前に言ったように、俺達はBIGになる予定だが」
「何美咲ちゃん、そんなことこいつに言ったの」
恥ずかしながら、言いました。
「……もし何かあって、RINGERが路頭に迷うようなことがあっても、その時に食うのに困らない店があると、いいと思わないか?」
「おおそれはいい考え」
ぽん、とオズさんは手を叩いた。
「俺はそのセンでオッケーだからね。うん、マキノとカナイにも言って来よう」
そう言ってオズさんは少しわざとらしい程さっと立ち上がった。それ以上のことを自分が言っても何だ、と思ったのだろうか。
それとも。
「俺はな、美咲、お前に何もしてやれたことが無いんだ」
「それは別に、今更」
彼が負い目を感じていることは、知ってはいるけれど。でも今更。
「だからな美咲」
ぐい、と彼は私のほうを向いた。
「お前とっとと店出せ。それでサラダちゃんが座ったままでできる仕事作ってやれ。それでいいじゃないか?」
「座ったままで」
「そういうスタッフに、すればいいじゃないか。店内のディスプレイ? とか結構好き? とか言ってなかったか? 立てなかったら、歩けなかったら、そこに手が届かないとこにはお前が手を出せばいい。だけどそれを考えるのはお前よりサラダちゃんの方が向いてるんだろ?」
「兄貴……」
「カウンタの中を高くして、椅子に座って接客や簡単な調理とかできない訳じゃないだろ?」
探せよ、と彼は言っているのだ。立ち止まっていないで。私がすぐにでもカフェを作れる方法を。サラダがそのカフェで働く方法を。
「俺はこれまでお前に何かしてやったことも無い。いつもお前に迷惑ばかりかけてきたと思う」
「……そんなこといいよ。面と向かって言われると気色悪いし」
しかし彼は構わずに続けた。
「この先お前に何かしてやれるという保証も無い。だけど今だったら、できる。金で解決、という方法しか俺には上手く浮かばないけれど、お前が役立てろ」
「あ」
りがとう、とは言えなかった。
また喉が詰まったのだ。
*
そしてあと百万から二百万が必要だった。
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