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第54話 メジャーデビウ、おめでと。
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兄貴達のバンドは、それから約半年後にメジャーデビウした。新年早々、というところだ。
格別大きな宣伝を打った訳ではない。どこにでもある新人バンドが一つぽん、と出ただけだ。音楽業界全体を見れば。
それまでのインディーズのシーンでも、そう大きな売り上げがあった訳ではない。よく考えてみれば、彼等はインディーで「CDは」出していないのだ。結局カセット止まりである。
戦略からすれば、一年ほど――― そう、例えばカナイ君とマキノ君が高校生のうちは、インディでの実績を上げておいて、その「実力の」ネームバリューをひっさげて、メジャー展開してもいいはずだった。
ただそれには兄貴が首を横に振ったのだと比企さんは言った。自分とオズさんはもう充分待った、と。それが食っていくための仕事にならないことには意味が無いのだ、と。
高校生組は、と言えば、ちょうどいい、と言った。
「俺はどうせ、大学行ったって目的なんか無いし。だったらこのままこの世界に飛び込んでみたい」
とカナイ君は言ったらしい。
問題はもともと音大を目指していたらしいマキノ君だったが、彼は彼で、何か思うところがあったのだろう。
夏のある日、メンバーを連れて地元に帰省し、そこでどういう話し合いがあったのだか、彼は実家を説得して帰ってきた。
暮林さんも比企さんも、帰ってきた彼等に訊ねたが、彼等は実にその点において口が堅かった。結束が強かった。
さてそのあたりからなんだが、どうもオズさんとマキノ君の接近度が強くなってきたように私には思えた。いや無論、見えるところでどうの、ということではないが、何と言うのだろう? ちょっとした動作が、私の目には引っかかっていた。
一方の兄貴と、ヴォーカリスト君のほうは、と言えば。
そっちのほうがよっぽど「何も無い」ように私には見えた。
実際何かあるのか無いのかすら、私には判らない。兄貴も聞かれれば何かしら言うだろうが、聞かない限り言わない男だ。
ただ、今までと違って、カナイ君は兄貴のところに転がり込んでくることはない。彼は実家に住んで(当然と言えば当然だが)学校に通い、夕方から夜にかけて、RINGERの活動のためにスタジオやら事務所に通ってくる。そしてまた、音楽をはさんでの激しいバトルがあったりするのだ。
音楽。
本当に、音楽だけの関係と言っても、決して間違いではないのかもしれない。そもそもそこにそれ以上の関係が今まであったことがおかしいのかもしれない。
あの強い目をした少年は、そのあたりをきっちり分けているのかもしれない。兄貴は兄貴のことだろうから、声に惚れたから人に惚れた云々は当人には言っているのかもしれない。
―――でもまあ、結局は兄貴のことだ。
メジャーデビウは正月だったが、その前に、夏と冬に二回、全国ツアーをした。
はっきり言って初の全国ツアーだ。
もっとも、マネージャーが車を運転し、ローディ君一人が参加し、後は皆自分達で機材移動とか、食事とか用意する――― 実に地道なものである。私なんぞ、想像しただけで背中が痛くなりそうだ。
だがさすがに若い二人はもう大はしゃぎだったらしい。そして年寄り組の二人は、と言えば、何故か全国美味いものめぐりをしていたらしい。
私と兄貴の故郷や、オズさんの故郷のある街にも行ったらしい。私達の故郷はともかく、オズさんの故郷のある港町の場合、さすがに…… 閑古鳥とまでは行かないが、知名度の薄さが厳しいところだったらしい。
それでもローディのハシモト君(彼は「フェザーズ」の正社員候補生なのだという)によると、その少ない観客は、出てくる時には何か首を傾げたり、物販のカセットに手を出していたりしたそうである。
カセットは、時々手作業でダビングダビングして作っていたらしい。まだ彼等は新しいメンバーでの音源は出していないから、めぐみ君やのよりさんの声の入ったカセットだ。それ以外彼等には売るものなど無い。こんなの売ってどうするの、とカナイ君が言ったかどうかは知らない。
ちなみに何で夏と冬なのか、というと、それが学生の休みだったからである。
*
正月休みが明けて、私は久しぶりに彼等が居るスタジオに遊びに行った。
「あ、美咲さんあけましておめでとーです」
へへへ、と椅子の背に左の腕を投げ出していたカナイ君は私に笑いかけた。
「あけましておめでと。兄貴は?」
「あ、今日は遅れるんじゃないすかあ?」
のんびりとした調子で、マキノ君も答え、それからあけましておめでとうです、と付け足した。
「そしてこれは言い忘れていたけれど、メジャーデビウ、おめでと。ちゃんと発売日に買いに行ったのよ」
ほらほら、と私は彼等の前でCDを振る。
「なーんだ、言えば一枚回してくれたんじゃない? ねえ」
「んー、どうかなあ」
マキノ君は首を傾げる。穏やかな笑顔の少年だ、と私は彼を見るたびに思う。どうしてこののほほんな少年が、ステージではあんなに主張しまくるべきべきべきべきのベースを弾くのか、私にはよく判らないというものだ。
大きな目が、ぐい、と見開いて、口をつぐんで、有無を言わせないベースの音を放つ。それがオズさんの安定したドラムの上で動くと、実に面白いグルーヴ感が出るのだ。
格別大きな宣伝を打った訳ではない。どこにでもある新人バンドが一つぽん、と出ただけだ。音楽業界全体を見れば。
それまでのインディーズのシーンでも、そう大きな売り上げがあった訳ではない。よく考えてみれば、彼等はインディーで「CDは」出していないのだ。結局カセット止まりである。
戦略からすれば、一年ほど――― そう、例えばカナイ君とマキノ君が高校生のうちは、インディでの実績を上げておいて、その「実力の」ネームバリューをひっさげて、メジャー展開してもいいはずだった。
ただそれには兄貴が首を横に振ったのだと比企さんは言った。自分とオズさんはもう充分待った、と。それが食っていくための仕事にならないことには意味が無いのだ、と。
高校生組は、と言えば、ちょうどいい、と言った。
「俺はどうせ、大学行ったって目的なんか無いし。だったらこのままこの世界に飛び込んでみたい」
とカナイ君は言ったらしい。
問題はもともと音大を目指していたらしいマキノ君だったが、彼は彼で、何か思うところがあったのだろう。
夏のある日、メンバーを連れて地元に帰省し、そこでどういう話し合いがあったのだか、彼は実家を説得して帰ってきた。
暮林さんも比企さんも、帰ってきた彼等に訊ねたが、彼等は実にその点において口が堅かった。結束が強かった。
さてそのあたりからなんだが、どうもオズさんとマキノ君の接近度が強くなってきたように私には思えた。いや無論、見えるところでどうの、ということではないが、何と言うのだろう? ちょっとした動作が、私の目には引っかかっていた。
一方の兄貴と、ヴォーカリスト君のほうは、と言えば。
そっちのほうがよっぽど「何も無い」ように私には見えた。
実際何かあるのか無いのかすら、私には判らない。兄貴も聞かれれば何かしら言うだろうが、聞かない限り言わない男だ。
ただ、今までと違って、カナイ君は兄貴のところに転がり込んでくることはない。彼は実家に住んで(当然と言えば当然だが)学校に通い、夕方から夜にかけて、RINGERの活動のためにスタジオやら事務所に通ってくる。そしてまた、音楽をはさんでの激しいバトルがあったりするのだ。
音楽。
本当に、音楽だけの関係と言っても、決して間違いではないのかもしれない。そもそもそこにそれ以上の関係が今まであったことがおかしいのかもしれない。
あの強い目をした少年は、そのあたりをきっちり分けているのかもしれない。兄貴は兄貴のことだろうから、声に惚れたから人に惚れた云々は当人には言っているのかもしれない。
―――でもまあ、結局は兄貴のことだ。
メジャーデビウは正月だったが、その前に、夏と冬に二回、全国ツアーをした。
はっきり言って初の全国ツアーだ。
もっとも、マネージャーが車を運転し、ローディ君一人が参加し、後は皆自分達で機材移動とか、食事とか用意する――― 実に地道なものである。私なんぞ、想像しただけで背中が痛くなりそうだ。
だがさすがに若い二人はもう大はしゃぎだったらしい。そして年寄り組の二人は、と言えば、何故か全国美味いものめぐりをしていたらしい。
私と兄貴の故郷や、オズさんの故郷のある街にも行ったらしい。私達の故郷はともかく、オズさんの故郷のある港町の場合、さすがに…… 閑古鳥とまでは行かないが、知名度の薄さが厳しいところだったらしい。
それでもローディのハシモト君(彼は「フェザーズ」の正社員候補生なのだという)によると、その少ない観客は、出てくる時には何か首を傾げたり、物販のカセットに手を出していたりしたそうである。
カセットは、時々手作業でダビングダビングして作っていたらしい。まだ彼等は新しいメンバーでの音源は出していないから、めぐみ君やのよりさんの声の入ったカセットだ。それ以外彼等には売るものなど無い。こんなの売ってどうするの、とカナイ君が言ったかどうかは知らない。
ちなみに何で夏と冬なのか、というと、それが学生の休みだったからである。
*
正月休みが明けて、私は久しぶりに彼等が居るスタジオに遊びに行った。
「あ、美咲さんあけましておめでとーです」
へへへ、と椅子の背に左の腕を投げ出していたカナイ君は私に笑いかけた。
「あけましておめでと。兄貴は?」
「あ、今日は遅れるんじゃないすかあ?」
のんびりとした調子で、マキノ君も答え、それからあけましておめでとうです、と付け足した。
「そしてこれは言い忘れていたけれど、メジャーデビウ、おめでと。ちゃんと発売日に買いに行ったのよ」
ほらほら、と私は彼等の前でCDを振る。
「なーんだ、言えば一枚回してくれたんじゃない? ねえ」
「んー、どうかなあ」
マキノ君は首を傾げる。穏やかな笑顔の少年だ、と私は彼を見るたびに思う。どうしてこののほほんな少年が、ステージではあんなに主張しまくるべきべきべきべきのベースを弾くのか、私にはよく判らないというものだ。
大きな目が、ぐい、と見開いて、口をつぐんで、有無を言わせないベースの音を放つ。それがオズさんの安定したドラムの上で動くと、実に面白いグルーヴ感が出るのだ。
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