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第52話 「カナイ君は、『攻撃は最大の防御』だからねえ」
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しかし言われてみればそうだ。練習している所を見ていても、兄貴とカナイ君ときたら。
「ちょっと待てよ、何でここでこの音なんだよ!」
少年は兄貴にかみついてくる。
「出ないのか?」
「出るよ! そうじゃなくてさ、ここは上がらないほうが、もっと広がりが出ると思う!」
「広がりかあ? 俺はどっちかというと、ビルとビルの合間みたいな感じで作ったんだがな」
「だとしても、だよ! 今ここで上がるより、後で一気に上がったほうが、あんたの言うビルとビルの間だったとしても、目一杯の落差を感じさせるじゃないか」
「ふうん?」
「違うかよ?」
「歌メロはお前が歌うものだけどな。だったらちょっと時間やるから作ってみろよ。それで納得したら変えるぜ」
おお、とカナイ君はマキノ君にちょっと音くれ、と言ってピアノのところへ引っ張って行った。
どうも彼は楽器はまるで駄目らしい。マキノ君は逆にオールマイティらしく、ピアノの魔えに座ると、さらさら、とそれまでの歌メロを弾きだした。
「弾けるんだあ」
「マキノはもともとピアノのほうが本業だったってさ」
オズさんは笑った。実際、そう言うだけあって、マキノ君の指は実になめらかに動く。
こんな感じ? とか鍵盤を見ずにひらひら、と音を奏でて行く。
それに対してカナイ君は、うーん、と真剣な目になったり、目を閉じたりしながら、もう少し上、とかちょっとづつ指令する。こうかな、と首を傾げるマキノ君は、何処か猫を思わせた。
*
そんな日々がしばらく続き、高校生二人を加えたRINGERは何だかんだ言って、「フェザーズ」という事務所と契約してしまい、何とメジャーデビューのための支度に入ってしまったのだ!
いや確かに私も兄貴に決まった、おめでとう、とは言ったが、なかなかそこに現実味を感じなかったのは事実だ。まだ心の何処かで嘘じゃないか、と思っている自分もいるのだ。
だけどスタジオに、その「フェザーズ」の社長の暮林さんとか、彼等を事務所に紹介してくれたPHONOの比企さんがやってきた時には、さすがにそれが現実だと判った。ううむ。
比企さんは兄貴から私のことは聞いていたらしい。時々妹が出入りするから、と。
「美咲さん、か。綺麗な名だね」
「ありがとうございます。兄貴達、どう思います?」
「ふうん?」
すると彼はやや値踏みするような目で私を見た。
「君はどっちかというと、頭のいいほうじゃない?」
私は黙って笑った。
「ま、出来のいい妹だ、ってケンショーも言ってたけどね。そうだね、僕はRINGERもSSも少し突っつけば化けるな、と思っていたけど、合わせたらどう化学反応起こすか……」
「化学反応」
「バンド・マジックとも言うけどね」
そう言いながら彼は煙草に火を点けた。あ、嫌い? と点けてから言うのは何だが、聞くだけましかもしれない。
「まるで違う二つのバンドがくっつくんだ。何が起こるか判ったものじゃない…… でもどうなるか判らないっていう面白さはあるね。ケンショーの作る曲も、カナイ君の声も、充分魅力的だ」
「でもプロだし」
「プロにはするもんだよ。素質がある奴らを、それで食ってくだけのプロにするのは我々だ。そういう仕事だからね、僕らは」
「仕事」
ふと私は、彼に問いかけていた。
「比企さんは、仕事、好きですか?」
「好きかどうかと言われれば、まあ好きだけど。……何でそんなこと聞くの」
口元を軽く上げる。
「や、別に。何となく興味があって。あまり会ったことが無い職業のひとだから……」
「ふうん」
意味ありげに笑う。嫌だなあ、と私は思った。
「まあいいけどね。まあ今の仕事もそうだけど、僕は割と、こうゆう風に、面白い人材を見つけて、面白いことをしてくのが好きなんだ」
「面白いこと?」
「あいにく僕は音楽とかの才能は無いからねえ。別にそういうのが欲しいとも思わないし。ただそういう連中ってだいったい、世渡り下手じゃない」
「それは…… 言えてますねえ」
「まあ世渡り下手なくらい、物事に一途じゃないと、モノは作れないのかもしれないけどね。幸か不幸か、僕はそういう体質ではないから、そういうものを外から見て楽しむだけでなく、自分の手でプッシュするってのが好きなんだろうなあ」
「じゃ、やっぱり好きなんじゃないですか」
「まあね。ただ彼等と違って、始めっからリスクとコストのかかる行動だから『仕事』なんだよ」
「リスクとコスト」
「結局、そうでしょ?」
そうだろうか、という顔を無意識にしていたに違いない。彼は続けた。
「何だってそうでしょ。そこに金がかかった時点で、それはこの社会では『仕事』だよ。金が動けば社会が動く」
「……でも、インディの頃のステージだって、そうではないですか? 例えば、知ってるバンドの中には、あくまでそっちは趣味だってひともいるし……」
あのバンドはそうだ。ベルファはそうだとナナさんは言っていた。
「そうだね。だから自分が出すコストより手に入れる利益が多くて、それで食ってくことができる場合、と補足しなくちゃならないのかなあ。コストコストコストなのは趣味。だけどコスト支払ってる分だけ、責任は要らない。自由勝手気ままにできる」
「責任、ですか」
「金払ってもらって生活支えてもらっている以上、絶対に、ロクでも無い音楽は作っちゃいけないんだよ? そして僕等は、それをハイクオリティにするために切磋琢磨する訳ざあ。まあ、見つけた奴らが原石だ、ってこともあるから、僕等のカット次第で輝きが鈍る場合もあるから、そのあたりは僕等も慎重で」
おっと言い過ぎた、と彼は笑った。
「正直、前のRINGERや前のSSだと、ちょっと手を掛けなくちゃなあ、と思ってたんだ」
「じゃ、今はいいんですか?」
「と言うか、無法地帯にしておいたほうが面白そうだ」
「無法地帯……」
私は絶句する。
「僕はねえ、割と前からRINGERは見てきたんだけど、ケンショーがヴォーカルと言い合いできるなんて、考えられなかったんだよ? 音楽の点で」
「そうなんですか?」
「ケンショーは音楽を作るという点についてはワンマンだったろ」
「……さあ……」
「そうだった、と思うね。オズ君もそう言っていたし。彼はプレイヤー気質の人間だから、ケンショーの曲をどう生かすか、ということに気が回ってたほうだし。とにかく代々のヴォーカルは、奴に口を挟めるほど気が強くなかったし、音楽もそれほど好きではなかったじゃないかな?」
「めぐみ君は歌うの、好きだったけど……」
「うん、彼は好きそうだね。だけど、好きだけじゃ、辛いよ。こういう世界は。僕は彼に関しては、歌う姿しか知らなかったけど……」
比企さんは軽く目を伏せた。
「ああいう子が、あの世界でつぶれて行った姿を幾つも見てきた。だから正直、抜けてくれて良かった、と思ってる」
「カナイ君なら、大丈夫ですか? めぐみ君よりずっと若いですけど」
「歳は関係ないんだよ」
灰皿を引き寄せて、たまった灰を落とした。
「カナイ君は、『攻撃は最大の防御』だからねえ」
そういう子なのか。はあ、と私はうなづくしかなかった。確かに比企さんの言うめぐみ君像は当たっている。彼は毎日毎日起こっていく物事を、いちいち心にすりつけては、かすり傷を増やしていた。無論兄貴だってそれはあり得るだろうが、……彼はそれ以上に、回復力が強かったのだ。
「ま、だからその無法地帯でどう奴らが、切磋琢磨してくか、ってのを僕も見たくてね」
にやり、と比企さんは笑った。食えないひとだ。
「ちょっと待てよ、何でここでこの音なんだよ!」
少年は兄貴にかみついてくる。
「出ないのか?」
「出るよ! そうじゃなくてさ、ここは上がらないほうが、もっと広がりが出ると思う!」
「広がりかあ? 俺はどっちかというと、ビルとビルの合間みたいな感じで作ったんだがな」
「だとしても、だよ! 今ここで上がるより、後で一気に上がったほうが、あんたの言うビルとビルの間だったとしても、目一杯の落差を感じさせるじゃないか」
「ふうん?」
「違うかよ?」
「歌メロはお前が歌うものだけどな。だったらちょっと時間やるから作ってみろよ。それで納得したら変えるぜ」
おお、とカナイ君はマキノ君にちょっと音くれ、と言ってピアノのところへ引っ張って行った。
どうも彼は楽器はまるで駄目らしい。マキノ君は逆にオールマイティらしく、ピアノの魔えに座ると、さらさら、とそれまでの歌メロを弾きだした。
「弾けるんだあ」
「マキノはもともとピアノのほうが本業だったってさ」
オズさんは笑った。実際、そう言うだけあって、マキノ君の指は実になめらかに動く。
こんな感じ? とか鍵盤を見ずにひらひら、と音を奏でて行く。
それに対してカナイ君は、うーん、と真剣な目になったり、目を閉じたりしながら、もう少し上、とかちょっとづつ指令する。こうかな、と首を傾げるマキノ君は、何処か猫を思わせた。
*
そんな日々がしばらく続き、高校生二人を加えたRINGERは何だかんだ言って、「フェザーズ」という事務所と契約してしまい、何とメジャーデビューのための支度に入ってしまったのだ!
いや確かに私も兄貴に決まった、おめでとう、とは言ったが、なかなかそこに現実味を感じなかったのは事実だ。まだ心の何処かで嘘じゃないか、と思っている自分もいるのだ。
だけどスタジオに、その「フェザーズ」の社長の暮林さんとか、彼等を事務所に紹介してくれたPHONOの比企さんがやってきた時には、さすがにそれが現実だと判った。ううむ。
比企さんは兄貴から私のことは聞いていたらしい。時々妹が出入りするから、と。
「美咲さん、か。綺麗な名だね」
「ありがとうございます。兄貴達、どう思います?」
「ふうん?」
すると彼はやや値踏みするような目で私を見た。
「君はどっちかというと、頭のいいほうじゃない?」
私は黙って笑った。
「ま、出来のいい妹だ、ってケンショーも言ってたけどね。そうだね、僕はRINGERもSSも少し突っつけば化けるな、と思っていたけど、合わせたらどう化学反応起こすか……」
「化学反応」
「バンド・マジックとも言うけどね」
そう言いながら彼は煙草に火を点けた。あ、嫌い? と点けてから言うのは何だが、聞くだけましかもしれない。
「まるで違う二つのバンドがくっつくんだ。何が起こるか判ったものじゃない…… でもどうなるか判らないっていう面白さはあるね。ケンショーの作る曲も、カナイ君の声も、充分魅力的だ」
「でもプロだし」
「プロにはするもんだよ。素質がある奴らを、それで食ってくだけのプロにするのは我々だ。そういう仕事だからね、僕らは」
「仕事」
ふと私は、彼に問いかけていた。
「比企さんは、仕事、好きですか?」
「好きかどうかと言われれば、まあ好きだけど。……何でそんなこと聞くの」
口元を軽く上げる。
「や、別に。何となく興味があって。あまり会ったことが無い職業のひとだから……」
「ふうん」
意味ありげに笑う。嫌だなあ、と私は思った。
「まあいいけどね。まあ今の仕事もそうだけど、僕は割と、こうゆう風に、面白い人材を見つけて、面白いことをしてくのが好きなんだ」
「面白いこと?」
「あいにく僕は音楽とかの才能は無いからねえ。別にそういうのが欲しいとも思わないし。ただそういう連中ってだいったい、世渡り下手じゃない」
「それは…… 言えてますねえ」
「まあ世渡り下手なくらい、物事に一途じゃないと、モノは作れないのかもしれないけどね。幸か不幸か、僕はそういう体質ではないから、そういうものを外から見て楽しむだけでなく、自分の手でプッシュするってのが好きなんだろうなあ」
「じゃ、やっぱり好きなんじゃないですか」
「まあね。ただ彼等と違って、始めっからリスクとコストのかかる行動だから『仕事』なんだよ」
「リスクとコスト」
「結局、そうでしょ?」
そうだろうか、という顔を無意識にしていたに違いない。彼は続けた。
「何だってそうでしょ。そこに金がかかった時点で、それはこの社会では『仕事』だよ。金が動けば社会が動く」
「……でも、インディの頃のステージだって、そうではないですか? 例えば、知ってるバンドの中には、あくまでそっちは趣味だってひともいるし……」
あのバンドはそうだ。ベルファはそうだとナナさんは言っていた。
「そうだね。だから自分が出すコストより手に入れる利益が多くて、それで食ってくことができる場合、と補足しなくちゃならないのかなあ。コストコストコストなのは趣味。だけどコスト支払ってる分だけ、責任は要らない。自由勝手気ままにできる」
「責任、ですか」
「金払ってもらって生活支えてもらっている以上、絶対に、ロクでも無い音楽は作っちゃいけないんだよ? そして僕等は、それをハイクオリティにするために切磋琢磨する訳ざあ。まあ、見つけた奴らが原石だ、ってこともあるから、僕等のカット次第で輝きが鈍る場合もあるから、そのあたりは僕等も慎重で」
おっと言い過ぎた、と彼は笑った。
「正直、前のRINGERや前のSSだと、ちょっと手を掛けなくちゃなあ、と思ってたんだ」
「じゃ、今はいいんですか?」
「と言うか、無法地帯にしておいたほうが面白そうだ」
「無法地帯……」
私は絶句する。
「僕はねえ、割と前からRINGERは見てきたんだけど、ケンショーがヴォーカルと言い合いできるなんて、考えられなかったんだよ? 音楽の点で」
「そうなんですか?」
「ケンショーは音楽を作るという点についてはワンマンだったろ」
「……さあ……」
「そうだった、と思うね。オズ君もそう言っていたし。彼はプレイヤー気質の人間だから、ケンショーの曲をどう生かすか、ということに気が回ってたほうだし。とにかく代々のヴォーカルは、奴に口を挟めるほど気が強くなかったし、音楽もそれほど好きではなかったじゃないかな?」
「めぐみ君は歌うの、好きだったけど……」
「うん、彼は好きそうだね。だけど、好きだけじゃ、辛いよ。こういう世界は。僕は彼に関しては、歌う姿しか知らなかったけど……」
比企さんは軽く目を伏せた。
「ああいう子が、あの世界でつぶれて行った姿を幾つも見てきた。だから正直、抜けてくれて良かった、と思ってる」
「カナイ君なら、大丈夫ですか? めぐみ君よりずっと若いですけど」
「歳は関係ないんだよ」
灰皿を引き寄せて、たまった灰を落とした。
「カナイ君は、『攻撃は最大の防御』だからねえ」
そういう子なのか。はあ、と私はうなづくしかなかった。確かに比企さんの言うめぐみ君像は当たっている。彼は毎日毎日起こっていく物事を、いちいち心にすりつけては、かすり傷を増やしていた。無論兄貴だってそれはあり得るだろうが、……彼はそれ以上に、回復力が強かったのだ。
「ま、だからその無法地帯でどう奴らが、切磋琢磨してくか、ってのを僕も見たくてね」
にやり、と比企さんは笑った。食えないひとだ。
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