どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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63 明日は、雨だ。

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「へー? 何だ。もっと早く聞けばよかった」

 いやでも、それ以前に聞かれたら、私はまず言っていないだろう。

「何処のライヴハウスとかでやってるの?」
「えーと」

 私は知ってる限りのライヴハウスを口にした。
 うなづく彼女の目はいっそう大きくなる。

「何だ。あたし行ったことあるよ」
「ええっ」

 よくすれ違わなかったものだ、と私は一瞬血が引くのを覚えた。

「ふうん。話してみなくちゃ判らないこともあるんだよねえ」

 全くだ。

「ま、何か印刷屋が必要になったら一度電話してよ。そのお兄さんにも」
「印刷屋?」
「デザイン会社ったって、元々は印刷屋だよ」

 あはは、と彼女は笑った。

「バンドが、印刷屋に何を……」
「あれ。だって色々やってるよ、皆。フライヤーだってCDジャケだって、デザインがいいもののほうがいいに決まってる」

 そう言えば、めぐみ君はデザイン学校に通ってたはずだ。
 確か最近のRINGERの配布カセットのデザインは彼がしていたのだ。

「そうですね」
「それにしても、ホント、話さなくちゃ判らないよねえ」
「でもそちらも、怖かったし」
「怖かったあ?」

 あはは、と彼女は再び笑った。
 普段表情が少ない人だと思っていたのに。
 それだけ、この空間は居心地が悪かったのだろう。
 けど、私にとって果たして居心地がいいのか、と言うと。
 それも実はもう判らなくなってきていた。



「顔色良くないよ、美咲さん」

 ある朝、めぐみ君がそう言った。
 そう? と私は答えた。
 実際あまり調子が良くない。
 生理のせいか、とも思ったが、それともいまいち違う。
 大丈夫よ、と彼には言ってはおく。
 何となく、めぐみ君には心配させたくなかった。
 もっとも彼も、今のところは自分のことで手一杯だろうから、私が平気だ、と言えばそう思ってしまうだろうが。

「ホントに大丈夫。ちょっと日とお天気が悪いだけ」
「ならいいけど」
「それより、バイトのほうどう?」
「うん、こないだキッチンからフロアに変わったんだ。そっちの方が時給がいいし」

 へえ、と彼の手にカフェオレを渡しながら私は感心した。
 めぐみ君はレストランだか飲み屋だか判らないが、とにかく飲食関係にバイトしている。
 煩わしいことが嫌で、彼はいくら勧められてもキッチンの方に居たのだ、ということを兄貴から聞いたことがある。
 可愛い顔をしているから、フロアに出た方がいい、とそこのマスターは思ったのだろう。
 私だってそう思う。
 だけど夜、バンドでステージに出るような生活だから、普段は地味に働いていたかったのだと言う。
 その気持ちも分からなくもない。

「どういう心境の変化?」

 私は紅茶を入れる。
 牛乳をたっぷりと入れる。
 コーヒーもいいが、立ちくらみや目眩が頻繁なことから、刺激物は少し控えていた。

「んー…… 何となく。ちょっと忙しくしていたかったし」

 彼は答えをにごした。
 おそらく彼の言うことも本当なのだろう。
 考える間が無いほど身体を忙しく動かすというのは、結構有効だ。

「それに少し、ちゃんとお金貯めないとね」

 今度は私が黙った。
 おそらくそっちが本音だろう。
 彼はここから出ていくために、その資金を急いで貯めようとしているのだ。
 東京で一つ部屋を借りるには、ある程度の資金が必要だ。
 どうがんばっても、普通の部屋代の四~五ヶ月分は軽く必要になってくる。
 安い部屋、と言ったところで、私の故郷とは違う。
 彼がなるべく長く店で働く理由には、まかないの食事のこともあるらしい。
 忙しい仕事でも倒れない食事が、それでもそこで働いていれば、出る。
 食費を削ろう、としている彼の意気込みが感じられる。
 私のところで食べていることも、住んでいることも、彼は口にはしないが、心苦しく思っているらしいことは、判る。
 私にしてみれば、彼が毎日居ることは、正直、嬉しいのだが……
 でもそう口にしたとしても、きっと彼はそう受け取らないだろう。
 のよりさん以上に、彼は自分のことで手一杯だ。
 私の気持ちまで考えてる余裕は無いだろうし、その必要も無い。
 正直、あれから彼と何度か寝てたりもする。
 何でそうするのか、私にも彼にもよく判っていない部分がある。
 のよりさんの時とは違い、彼は自分から手を伸ばそうとしてはいない。
 かと言って、私が積極的に彼を好きだ、という訳でもない。
 ただずるずると、何となく、寒いから寂しいから、で手を伸ばすと、何となくお互いにその気分が判ってしまうのだ。そしてそのままなし崩しだ。

 ―――睡眠不足? 
 もあるのだろうか。
 だとしたら、この立ちくらみや目眩は。

 とりあえず薬局にでも行って、ピタミン剤でも買っておこう、と思った。
 そんな安直な方法を取るのはあまり好きではないのだが、普段起こるものではないだけに、少しばかり困っているのだ。

「あんまりがんばりすぎて、身体壊さないようにね」
「それは美咲さんの方も」

 私達は黙った。
 点けっぱなしのTVが天気予報に変わった。
 明日は、雨だ。
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