どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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54 ナナさんのかつての仕事

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 それでも棚にだんだん本が増えていく。
 料理の本だけではなく、カフェを出したひとの話が載ったものだったり、実際にはどのくらい費用がかかるのだろう、とかのノウハウ本だったり。
 実際に店を開いて、雑誌や本で紹介されるようになったところのオーナーの話というのは面白い。
 音楽雑誌などの二万字インタビューなどでも思うのだが、事実は小説より奇なり、という気持ちになることがよくある。
 実際に起こったことだから、実にそのなりゆきがスムーズなのだ。
 それでいて、時々突拍子もないエピソードが出てきたりする。
 ふと私はあのCUTPLATEの店長のことを思い出す。
 あのひとは確か家具屋に勤めてたと聞く。それがどうしてああなったのだろう。
 一度聞いてみたくなった。



 しかし何故か私が聞いたのは、店長のイケガキさんではなく、兄貴御用達のライヴハウス「ACID-JAM」の店員のナナさんだった。
 別に聞こうと思って聞いた訳ではない。
 たまたまその日は、フロアの子供達が実に熱心にステージばかりを見ていたので、私はこれ幸いとカウンターに入り浸っていたのである。

「めぐみ君はがんばるわよねえ」

 ナナさんはカウンターに頬杖をつきながら言う。
 そうですね、と私は答えた。

「でもちょっと無理しているかな。身体壊さなければいいけど」
「ナナさんもそう思うんですか?」
「んー、ちょっとね。やっぱり身体が資本だし。ちゃんと健康で生きていけさえすれば、あたし達なんて、ふらふら、こうゆうとこでやっていける訳だし」

 そう言えば、このライヴハウスの常連だったバンドのベーシストが去年亡くなっていることを思い出す。
 確かそのひとは、ナナさんとも友達だったはずだ。ナナさんはそのバンドのヴォーカリストの彼女でもある。

「いつからここで働いてるんですか?」
「うーん…… もう五年くらいになるかなあ」

 ライヴハウスのスタッフとして、それが長い期間になるのかそうでないのか、私にはよく判らない。
 ただ、私がこの場所に初めて来た時から彼女は居たし、この先もずっと居るような気がしていた。

「ここに勤めるまでは、ショップの店員してたんだけど。あ、その前にはOLもしていたのかな」

 え、と私は思わず声を立てる。
 薄暗い柔らかな照明の下がよく似合うこの人が、昼間のオフィスでOLをしていたとは、どうにも考えにくい。

「そんなに驚くかなあ?」

 彼女は腰に両手を当てる。
 いいえともええとも言いにくくて、私は言葉に詰まった。

「ま、仕方ないかなあ」
「ショップの店員さんってのは判るんですけど」
「うんまあね。まああそこに居たおかげで、少しは今恥ずかしくないような恰好しているけどね。でもOLしていた頃はひどかったのよ」
「ひどかった?」
「センスがね。着られればいいってレベルではなかったけれど、色合わせとか何にも知らなかったし」

 はあ、と私はうなづいた。

「でも何が転機かなんて判らないわよね。うん、ホントに偶然なんだけど」
「どういう偶然なんですか?」
「ん? これ」

 ふわり、と彼女は自分の髪を両側から持ち上げた。

「たまたま、会社の宴会か何かで余興した時、物まねしたついでに恰好も真似たのよね」

 彼女は有名な女性デュオの名前を挙げる。
 確かにその雰囲気はある。

「で、その恰好したら、何か驚くことに、似合ってるじゃない。目ウロコだったのよね。結構あたしもコンサバだったから、ここではこういう服を着なくちゃならない、とかいうのがあったんだけど」

 まあOLだったし、と彼女は付け足す。

「だけど何かね、原色のぴちぴちしたTシャツとか、結構いけるじゃない、なんて自分で思っちゃったりしてね。そしたら、それがスイッチだったみたい」

 ふふ、と彼女は笑う。


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