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52 サラダとお茶とスコーン
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だらだらと日々は過ぎて行く。春が過ぎ夏が過ぎ、秋になった。
私の本棚にはだんだん料理の本が増えて行き、電子レンジとオープントースターは売り払い、オーブンレンジをとうとう購入してしまったのである。
やったね、と手を叩いたのはサラダだった。
私はそのオーブンレンジで最初にレーズン入りのスコーンを作り、―――作りすぎてしまったので、隣を呼んだ。
予想通り、彼女は大喜びでテーブルをセットし、自分の部屋からいつの間に買ったのか、銀色のどっしりとしたアフタヌーンティーセット用のトレイを持ってきた。
「こないだ、安く譲ってもらったの」
どこからだ、とふと疑問になったが、深く追求するのはよした。
焼きたてスコーンと、慌てて買ってきたコンビニデザートのケーキをその銀のトレイの上に置いて、まがいものアフタヌーン・ティー。
ポットはまっ白の陶器。
ティーコジーはサラダが持ってきた。
「何かすごいでしょ」
テーブルの上を一歩下がって見て、自分でセットしたのにサラダはそんなこと言う。
そして一口。
さく。
「やーんおいしー」
素直な感想。
うんやっぱり嬉しいものだ。
「ねえホント、いつか店を出そうよ」
彼女は目をきらきらさせながら言う。
何でも最近、カード書きの方も順調らしい。
「こないだね、業者の方から話があったんだ。幾つか出してくれるって」
「へーえ」
私は目を丸くした。
会社の名は知らなかったが、よく雑貨屋でカードを見るから、その類の業者なのだろう。
「ってことはイラストレーターのサラダさんって訳?」
「やーだ、そんなたいそうなものじゃないよお。あくまであたしはカード書きなんだから。それはあくまで副業。あ、でもだからって手は抜かないからねー」」
「ふうん? じゃあ本業は何なの?」
テーブルの向こう側の彼女は、ぐい、と身を乗り出す。
「だからミサキさん、いつか店出そうよ」
「本気?」
「本気」
本当だ。目がマジ。
「別に東京でなくたっていいんだもん。大阪とか、関西もいいよねー。ミサキさんの田舎のほうでもいいよね。まだあんまりカフェらしいカフェって、こっち程多くないだろーし」
「や、それでも時々見るよ。さすがに帰省すると」
「でも東京大阪に比べれば、競争は少なくない?」
「うちのほうはね、カフェは少ないかもしれないけど、昔から喫茶店戦争ってのはあるんだよ」
そう、喫茶店戦争。
私の故郷では、とにかくコーヒー店でもコーヒー以外のものをどれだけつけるか、というのがその店の人気と比例していることが多かった。
モーニングセットに赤だし定食がぼん、と出てしまうところである。
「だからもしうちの方でやるなら、それこそ趣味本位のものか、じゃなかったらその戦争に参加するしかないよね」
「ふーん。それはちょっとねー」
「あんたの実家のほうはどうなのよ」
私は何気なく振ってみた。
「あー駄目だめ」
ひらひら、と彼女は手を振る。
「何で?」
「何でも。だいたいもう、行くことはあっても、帰るとこじゃないもん」
それ以上聞く? と彼女の目が訴えていた。
なるほどそれでは聞けない。
「東京の方が合ってるんだよね、きっと。だってさあ、カフェもだけど、音楽も絵も芝居も何でも、あたしが欲しいものは、手を少し伸ばせばあるじゃない。自然が少ないって言ったってさ、だいたい田舎の連中にしたって、今じゃあ車であちこち行く訳じゃない。こっちのひとの方が、公園とか海とか、とにかく少しでも残ったものをちゃんと残そうと思ってるじゃない」
語調が少しきつい。
それに本人が気付いているのかどうなのか。
「本一冊買ったり、CD一枚買うにの労力が掛かるなんて、冗談じゃないわよ」
「それは同感」
私はうなづく。
「だけどミサキさんの地元はそれなりに地方でも都会じゃん」
「や、それでも一歩入れば、ど・田舎よ」
だから自動車をみんな持ってしまうことになるのだ。
「うちの県なんてね、県庁所在地以外は田舎だもん。まるで違うんだからね」
「そういうもの?」
「そーゆーものよ。だいたい会社で、うちの県の名前知らない奴もいたのよ」
へーえ、と彼女は肩をすくめた。そして思い出したようにスコーンをつまむ。
「どっちがいいかなあ。スコーンは丸と三角と」
「あたしは丸の方が好きだな。紅茶にも合うし」
「でもコーヒーショップでは三角とか多いじゃない」
「うーん。かじるには三角もいいけどねえ」
こうつかんで、こう口を開けて、と彼女は実演する。
「三角もそう考えると悪くはないしねえ」
ふむ、と私は紅茶を口にしながら思う。
私の本棚にはだんだん料理の本が増えて行き、電子レンジとオープントースターは売り払い、オーブンレンジをとうとう購入してしまったのである。
やったね、と手を叩いたのはサラダだった。
私はそのオーブンレンジで最初にレーズン入りのスコーンを作り、―――作りすぎてしまったので、隣を呼んだ。
予想通り、彼女は大喜びでテーブルをセットし、自分の部屋からいつの間に買ったのか、銀色のどっしりとしたアフタヌーンティーセット用のトレイを持ってきた。
「こないだ、安く譲ってもらったの」
どこからだ、とふと疑問になったが、深く追求するのはよした。
焼きたてスコーンと、慌てて買ってきたコンビニデザートのケーキをその銀のトレイの上に置いて、まがいものアフタヌーン・ティー。
ポットはまっ白の陶器。
ティーコジーはサラダが持ってきた。
「何かすごいでしょ」
テーブルの上を一歩下がって見て、自分でセットしたのにサラダはそんなこと言う。
そして一口。
さく。
「やーんおいしー」
素直な感想。
うんやっぱり嬉しいものだ。
「ねえホント、いつか店を出そうよ」
彼女は目をきらきらさせながら言う。
何でも最近、カード書きの方も順調らしい。
「こないだね、業者の方から話があったんだ。幾つか出してくれるって」
「へーえ」
私は目を丸くした。
会社の名は知らなかったが、よく雑貨屋でカードを見るから、その類の業者なのだろう。
「ってことはイラストレーターのサラダさんって訳?」
「やーだ、そんなたいそうなものじゃないよお。あくまであたしはカード書きなんだから。それはあくまで副業。あ、でもだからって手は抜かないからねー」」
「ふうん? じゃあ本業は何なの?」
テーブルの向こう側の彼女は、ぐい、と身を乗り出す。
「だからミサキさん、いつか店出そうよ」
「本気?」
「本気」
本当だ。目がマジ。
「別に東京でなくたっていいんだもん。大阪とか、関西もいいよねー。ミサキさんの田舎のほうでもいいよね。まだあんまりカフェらしいカフェって、こっち程多くないだろーし」
「や、それでも時々見るよ。さすがに帰省すると」
「でも東京大阪に比べれば、競争は少なくない?」
「うちのほうはね、カフェは少ないかもしれないけど、昔から喫茶店戦争ってのはあるんだよ」
そう、喫茶店戦争。
私の故郷では、とにかくコーヒー店でもコーヒー以外のものをどれだけつけるか、というのがその店の人気と比例していることが多かった。
モーニングセットに赤だし定食がぼん、と出てしまうところである。
「だからもしうちの方でやるなら、それこそ趣味本位のものか、じゃなかったらその戦争に参加するしかないよね」
「ふーん。それはちょっとねー」
「あんたの実家のほうはどうなのよ」
私は何気なく振ってみた。
「あー駄目だめ」
ひらひら、と彼女は手を振る。
「何で?」
「何でも。だいたいもう、行くことはあっても、帰るとこじゃないもん」
それ以上聞く? と彼女の目が訴えていた。
なるほどそれでは聞けない。
「東京の方が合ってるんだよね、きっと。だってさあ、カフェもだけど、音楽も絵も芝居も何でも、あたしが欲しいものは、手を少し伸ばせばあるじゃない。自然が少ないって言ったってさ、だいたい田舎の連中にしたって、今じゃあ車であちこち行く訳じゃない。こっちのひとの方が、公園とか海とか、とにかく少しでも残ったものをちゃんと残そうと思ってるじゃない」
語調が少しきつい。
それに本人が気付いているのかどうなのか。
「本一冊買ったり、CD一枚買うにの労力が掛かるなんて、冗談じゃないわよ」
「それは同感」
私はうなづく。
「だけどミサキさんの地元はそれなりに地方でも都会じゃん」
「や、それでも一歩入れば、ど・田舎よ」
だから自動車をみんな持ってしまうことになるのだ。
「うちの県なんてね、県庁所在地以外は田舎だもん。まるで違うんだからね」
「そういうもの?」
「そーゆーものよ。だいたい会社で、うちの県の名前知らない奴もいたのよ」
へーえ、と彼女は肩をすくめた。そして思い出したようにスコーンをつまむ。
「どっちがいいかなあ。スコーンは丸と三角と」
「あたしは丸の方が好きだな。紅茶にも合うし」
「でもコーヒーショップでは三角とか多いじゃない」
「うーん。かじるには三角もいいけどねえ」
こうつかんで、こう口を開けて、と彼女は実演する。
「三角もそう考えると悪くはないしねえ」
ふむ、と私は紅茶を口にしながら思う。
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