どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
52 / 88

52 サラダとお茶とスコーン

しおりを挟む
 だらだらと日々は過ぎて行く。春が過ぎ夏が過ぎ、秋になった。
 私の本棚にはだんだん料理の本が増えて行き、電子レンジとオープントースターは売り払い、オーブンレンジをとうとう購入してしまったのである。
 やったね、と手を叩いたのはサラダだった。
 私はそのオーブンレンジで最初にレーズン入りのスコーンを作り、―――作りすぎてしまったので、隣を呼んだ。
 予想通り、彼女は大喜びでテーブルをセットし、自分の部屋からいつの間に買ったのか、銀色のどっしりとしたアフタヌーンティーセット用のトレイを持ってきた。

「こないだ、安く譲ってもらったの」

 どこからだ、とふと疑問になったが、深く追求するのはよした。
 焼きたてスコーンと、慌てて買ってきたコンビニデザートのケーキをその銀のトレイの上に置いて、まがいものアフタヌーン・ティー。
 ポットはまっ白の陶器。
 ティーコジーはサラダが持ってきた。

「何かすごいでしょ」

 テーブルの上を一歩下がって見て、自分でセットしたのにサラダはそんなこと言う。
 そして一口。
 さく。

「やーんおいしー」

 素直な感想。
 うんやっぱり嬉しいものだ。

「ねえホント、いつか店を出そうよ」

 彼女は目をきらきらさせながら言う。
 何でも最近、カード書きの方も順調らしい。

「こないだね、業者の方から話があったんだ。幾つか出してくれるって」
「へーえ」

 私は目を丸くした。
 会社の名は知らなかったが、よく雑貨屋でカードを見るから、その類の業者なのだろう。

「ってことはイラストレーターのサラダさんって訳?」
「やーだ、そんなたいそうなものじゃないよお。あくまであたしはカード書きなんだから。それはあくまで副業。あ、でもだからって手は抜かないからねー」」
「ふうん? じゃあ本業は何なの?」

 テーブルの向こう側の彼女は、ぐい、と身を乗り出す。

「だからミサキさん、いつか店出そうよ」
「本気?」
「本気」

 本当だ。目がマジ。

「別に東京でなくたっていいんだもん。大阪とか、関西もいいよねー。ミサキさんの田舎のほうでもいいよね。まだあんまりカフェらしいカフェって、こっち程多くないだろーし」
「や、それでも時々見るよ。さすがに帰省すると」
「でも東京大阪に比べれば、競争は少なくない?」
「うちのほうはね、カフェは少ないかもしれないけど、昔から喫茶店戦争ってのはあるんだよ」

 そう、喫茶店戦争。
 私の故郷では、とにかくコーヒー店でもコーヒー以外のものをどれだけつけるか、というのがその店の人気と比例していることが多かった。
 モーニングセットに赤だし定食がぼん、と出てしまうところである。

「だからもしうちの方でやるなら、それこそ趣味本位のものか、じゃなかったらその戦争に参加するしかないよね」
「ふーん。それはちょっとねー」
「あんたの実家のほうはどうなのよ」

 私は何気なく振ってみた。

「あー駄目だめ」

 ひらひら、と彼女は手を振る。

「何で?」
「何でも。だいたいもう、行くことはあっても、帰るとこじゃないもん」

 それ以上聞く? と彼女の目が訴えていた。
 なるほどそれでは聞けない。

「東京の方が合ってるんだよね、きっと。だってさあ、カフェもだけど、音楽も絵も芝居も何でも、あたしが欲しいものは、手を少し伸ばせばあるじゃない。自然が少ないって言ったってさ、だいたい田舎の連中にしたって、今じゃあ車であちこち行く訳じゃない。こっちのひとの方が、公園とか海とか、とにかく少しでも残ったものをちゃんと残そうと思ってるじゃない」

 語調が少しきつい。
 それに本人が気付いているのかどうなのか。

「本一冊買ったり、CD一枚買うにの労力が掛かるなんて、冗談じゃないわよ」
「それは同感」

 私はうなづく。

「だけどミサキさんの地元はそれなりに地方でも都会じゃん」
「や、それでも一歩入れば、ど・田舎よ」

 だから自動車をみんな持ってしまうことになるのだ。

「うちの県なんてね、県庁所在地以外は田舎だもん。まるで違うんだからね」
「そういうもの?」
「そーゆーものよ。だいたい会社で、うちの県の名前知らない奴もいたのよ」

 へーえ、と彼女は肩をすくめた。そして思い出したようにスコーンをつまむ。

「どっちがいいかなあ。スコーンは丸と三角と」
「あたしは丸の方が好きだな。紅茶にも合うし」
「でもコーヒーショップでは三角とか多いじゃない」
「うーん。かじるには三角もいいけどねえ」

 こうつかんで、こう口を開けて、と彼女は実演する。

「三角もそう考えると悪くはないしねえ」

 ふむ、と私は紅茶を口にしながら思う。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...