どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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45 めぐみ君登場。

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 おや可愛い、とその時私は思った。
 何か服貸してくれ、と兄貴が私の所に電話してきたのは、夏に差し掛かった頃だった。
 新しいヴォーカルの子をもう少し派手にしてみたい、何かいい知恵あったら貸してくれ、という意味のことを電話の向こうの声は言っていた。
 と言うことは、ちゃんと活動を始めたということで。
 七月。
 実際には六月あたりから、その新しい子を入れてライヴをしていたらしい。
 ただその具合がいまいちはかばかしくないらしい。それでとりあえず外見を変えてみよう、と思ったらしい。

亜鳥恵あとりめぐみです」

 とその子は言った。
 なるほどその名前によく似合っている。
 男の子にしては華奢だ。
 そして声。
 ああ確かに兄貴の好きそうな声だ。
 ハコザキ君とものよりさんとも何処か似た、微妙な上がり方をする、
 何処か神経質そうな声。
 感情がそのまんま出てしまう、そんなタイプの声だった。
 さすがに同じタイプが三人続けば判るというものだ。

「よろしく。あたしは美咲よ」

 「出来のいいケンショーの妹」らしく、私はその子に向かってにっこりと笑った。
 彼もそれに応えて笑おうとしていたようだけど、何か上手くいかない様で。
 顔が引きつっているのが判る。
 なるほど緊張しやすい質なのだな。
 何となく同情する。
 私は自分のクローゼットの中から、彼に合いそうなサイズのものを少し引き出してみた。
 私は肩幅が少し広めで、この子は世間一般の男子よりは狭いので、サイズの点ではクリアできる。

「一応俺の服も幾つか持ってきたんだけど」

 近いというのは、こういう時便利だ。
 そして私の部屋の方が広いからと言って、私達はここでいきなり彼を着せ替え人形と化しているのだ。
 兄貴発音するところの「あとりめぐみ」君は、合わせられるごとに鏡を見ては、首をひねっている。
 女物のブラウス、似合わなくはない。
 だけど何か、違うらしい。
 ただ彼の口から出るのはそのことではなく。

「美咲さん、運動でもしていたの?」
「あたしは高校でスポーツ少女って奴だったからね」

 そう言いながら、彼に少し派手なエスニックな首飾りを掛けてみる。

「あ、こうゆうのは似合うかもしれないね」
「だけどお前の服はあんまりそういうの無いだろ?」

 それはそうだ。サラダの影響でたまたま持っていたが、基本的には私の趣味ではない。

「でもやっぱり何か違うわね。やっぱりちゃんと、めぐみちゃんに合ったものを買った方がいいわよ」
「お前もそう思うか?」
「そりゃあね」

 そしてめぐみ君は鏡の前でやっぱり首をひねっていた。



 盆休みの週に、久しぶりに出かけたライヴで、私はめぐみ君のステージを初めて見た。会場は、夏休みの学生達と、盆休み中のOLで結構な数になっていた。
 と言うか、この日は数バンドが「盆祭りイヴェント」ということで出ていたのだ。
 兄貴のRINGERは8バンド中6番目だった。
 その出演バンドの中ではまずまず、という位置だ。
 この出番だと、演奏時間がその前のバンドより少し多い。
 新規の客や、他バンドの客にアピールするには好機会というものだった。
 そしてそのステージの上で、めぐみ君はメッシュの長袖と網タイツの上に黒いエナメルのビスチェと短パンを履いていた。

 こう来たか。

 はあっ、と私はため息をついた。
 ひと時代前の黒系、という奴。
 だがそれがもう嫌になるほど似合っている。
 似合っているから、ため息なのだ。
 「どうしたものか」と言いたくなってくるのだ。
 ただその「どうしたものか」という気持ちがどういう意味なのか、私もまたいまいちよく判らなかったりするのだが。
 ともあれ、ステージの上のめぐみ君は、確かに兄貴が惹き付けられるだけあった。
 無論歌の上手さとかはさておき、だ。
 彼の声は、確かに、ハコザキ君やのよりさんより、何か周囲をぐいぐいと巻き込んでしまうような力があった。
 決して強くはない。
 音だって、不安定で、外すこともまだ多い。
 だけどつい耳が聞いてしまう、何か。
 あの主張の強いギターの音にかき消されない何か、があったのだ。
 そして、彼の動き。
 存在感。
 やっぱりこれも、強くは無いのだ。
 だけど目が行ってしまう。
 それは伸ばした腕の白さだったり、軽く後ろに傾けた首だったり、そんな些細なことなのだ。
 単純に「色気」と言ってしまうと身も蓋もないが、私の頭の中で、一番近い単語はそれだった。
 薄い化粧をしているせいだけではない。
 化粧することによって、私の見たことのある素顔の彼からは判らなかった部分がにじみ出ている、と言ってもいい。
 それが、育ちきっていない少年めいた身体のせいで、効果倍増、というところか。
 まあようするに、そのメイクとか衣装とかは、彼には本当に似合っていたのだ。
 これでまたこのバンドの方向性が訳判らなくなってきた。
 音は大して変わっている訳ではない。
 歌詞もだ。
 こうころころ変わると、ヴォーカルが歌詞をつけている暇が無いだろう。
 先代のも先々代のも、そして自分自身が作ったものも、どんどん交えて歌うしかない。
 そうすると、どうしても「前のヴォーカル」と比べるのがたやすくなってしまうのだけど。
 兄貴はヴォーカルがどんな恰好をしようが、自分のスタイルを変えない。
 時代遅れと言われようが、おそらく彼の耳には聞こえてこないだろう。
 幸せな奴だ。
 でもまあ。
 私は少し効きすぎる冷房に両腕を抱く。
 願わくばこの子が長続きすることを。

 何でそう思ったのか、その時の私にはさっぱり判らなかったのだけど。
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