どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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37 三月が終わる。のよりさんはまだこの部屋に居た。

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「ああ……」

 扉を開けたサラダは、Pタイルの上の靴を見てそう言った。

「じゃあブランチ食べに行こうって言うのはまた今度ね」

 え、と私は目を瞬かせた。

「何言ってんの。一緒に行こうよ。あんたすごい久しぶりだったじゃない。一体何処行ってたの」
「ちょっと実家によばれてたから――― それに、いつものお友達と違うでしょ、ミサキさん」

 両肩をひょい、と持ち上げ、くん、と鼻をすするような動作をする。

「何、化粧臭いとかいうの?」
「そうゆうんじゃなくてさ」

 サラダは目を細めた。

「ミサキさんあたしが彼氏と居る時とか、誘わないじゃん。そぉゆう感じ」

 ぎく。

「だからさ、ブランチはそのひとと行ってきなよ。あたしも忙しいしさ」
「サラダ?」

 またね、と言って彼女は笑って手を振った。

 どうしたの、と六畳の方から声が飛んだ。
 昼に近い朝。時計がもう少しで十一時を指す。
 今の今まで、私達は夢の中だった。
 春先は眠い。
 だから私達も眠い。ぬくぬくと、互いの体温の中でまどろんでいる。

「起きたの」
「声が聞こえたから」

 三月が終わる。
 のよりさんはまだこの部屋に居た。
 ケンショーのところを飛び出してから、もうどのくらい経ったのだろう? 
 彼女はずっとそれから私のこの部屋に居着いていた。
 ここからバイト先に通い、知り合いの所へ出かけ、時には実家に電話をしていた。

「ちょっと帰りにくくなっちゃった」

 それはそうだろう、と私は思う。
 いくら何でも、男のところに転がり込んでいたのだ。
 私は幾らでも居ていいよ、と言った。
 リップサーヴィスではない。
 彼女は朝強くない。
 返事はしたけれど、まだベッドの中だ。
 枕を抱いて丸まってしまっている。

「そろそろ起きよう…… コーヒーでも呑みに行こうよ」
「んー……」

 半目開きになる。
 その頬に指を触れさせる。
 くすぐったそうにその目が閉じる。

「ねえ起きてよ。こないだ、新しいカフェ見つけたんだよ。あたし一人で行けって言うの?」

 黙って彼女はゆっくりと身体を起こし始める。
 乱れた髪が肩に落ちる。
 キャミソールの紐が片方落ちている。

「かふぇ~」

 のよりさんは結構カフェという奴が好きだ。

「そうだよ。何かね、一つ一つのテーブルにつけてある椅子が違う種類なの」
「へーえ」

 髪をかき上げて、彼女はの紐を直した。ふわり、と持ち上がったふとんの中から、彼女の匂いが立ち上る。
 その中には私の匂いも混じっているのだろう。
 持ち主には判らない、その匂い。
 その時ようやく私は、サラダが何に気付いたのか悟った。
 女臭い、という奴だ。

「そーだね…… 行こうか」
「そうそう。そういえば、桜が昨日あたりはつぼみだったけれど、今日は咲くんじゃないかなあ」
「桜かあ」

 でもそれは去年は気付かなかったことだ。
 去年は、そんなこと気付く余裕が無かった。仕事のことやら、自分一人の暮らしが手一杯だとか、兄貴のバンドのこととか、……あれ、よく考えてみたら、それは今も同じだ。
 なのに、今年は花を見るだけの目の余裕がある。何だろう。

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