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33 久しぶりの兄貴のバンドのライヴ

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 兄貴のバンドのライヴに行くのは、そんな日々の憂さ晴らしもあった。
 ここに来る人々を見ると安心する自分が居る。
 これは新たな発見だった。
 もしかしたら、自分はこっち側に近いのかもしれない。
 最近の会社の生活の違和感を覚える自分がついそうつぶやく。
 でも決して兄貴の前ではそんな顔をしない。
 RINGERの他のメンバーにもだ。
 私は「ケンショーの出来のいい妹」だそうだ。
 冗談じゃない。
 私がどんな気持ちを奴に持っているのか知らないくせに。
 出来のいい妹は、兄貴のような譲れないものが一つもなくて、困ってるんだよ。
 兄貴というなら一度くらい気付いてみろというものだ。

 いつものように、フロアより一段高いカウンタテーブルに陣取ってドリンクを口にする。
 ぼんやりと待っている間、観客の子達の様子をうかがうのはなかなか面白い。
 頬づえついて、オレンジソーダをすする。
 そう言えば、あら、という顔でカウンタの女の人がコップを手渡してくれた。
 知り合いという訳ではないんだが?
 それにしても、待っているにしても、色々だ。
 前の方で座り込んでいるのはだいたい若い子だ。
 そして始まると、最初に潰されて、後でひーこらしているのも若い子だ。
 大人達はも少し賢くなってしまっているので、私のような後ろで出番を待ち、始まって、それからその気になったら突っ込む。
 私はその人々の背中を見ている訳で。

 それで。

「そう言えば、こないだ、ケンショーとのよりが一緒なの見たよお」

 そういう会話がつい耳につく。
 私はこっそり耳をダンボにする。
 ちら、とその方向に目だけ向けると、白地に赤い文字がでかでかと書かれたチビTシャツをつけた、ややはち切れそうな身体をした高校生くらいの女の子が居た。
 会話の相手は、オレンジ地に袖と首だけグリーンのラインの入ったTシャツを着ている。

「何なに、何処で?」
「ミスド」
「えーっ」
「何かさー、ツレがバイトしてるんだけどさー、何かバンドやってる男が良く来るって言ってたんで、面白そうだからって行ったらさー」
「できすぎじゃん。でもそーだよねー。確かケンショーのウチの近くにミスドあったもんねー」

 何でそんなもの知ってるんだ。
 私は思わず息をつく。
 時々こういう「ファン」の子達の情報収集能力には怖いようなものがある。
 一種のネットワークとでも言うものが、彼女達にはある。つまり、中には私が関係者だ、ということを知ってる人も居たりして。
 私はいつも不機嫌そうに後ろで呑んでたりするので、近づいてこないのかもしれないけれど、確かにそれらしい視線と指さしはある。
 間違いなく。「妹」とまでは掴んでいないかもしれないけれど、「ケンショーと関係ある人物」、ということで。

「あーでもさあ、こないだのはちっと、深刻だったぜえ」

 何? 
 ぴくん、と私は耳の後ろに手を当てる。

「シンコク?」
「だってさー、のよりが何かいきなり怒りだして、先にミスド出ちまったって言うしー」

 へ?

 何か、想像ができない。
 私の中で、彼女の印象は未だに「若奥さん」だった。
 何度か彼女がヴォーカルのライヴも見たことあるのに、だ。
 どうしても最初の印象というのは消すことができない。

「で、そん時ケンショーはあ?」
「や、ちゃんと注文した中華のセットは食い尽くして出たらしいよ」
「けどさー、あの二人一緒に暮らしてるんじゃないのかしら?」

 別の一人が口をはさむ。
 一緒に暮らしている。
 そう、確かにそれは聞いていた。
 ただし兄貴の口からではなく、オズさんあたりを誘導尋問したのだが。

「えーそうだったあ?」
「別に見た訳じゃないけど」
「あーびっくりしたあ」
「でもおかしくないよねー」

 なるほど、そういう感じで見られているのか、奴は。
 思わず私は耳の上をひっかく。
 実際そうなんだろうな、と私だって思う。
 ハコザキ君の時にはハコザキ君をしばらくあの狭い部屋に置いていた。
 と言うか、転がり込んでいた。
 後でそう聞いた。
 彼はあれから、都内の実家に戻ったと言う。
 不思議なもので、のよりさんとは別に切れた訳ではないらしい。
 すごく変だ、と私なんかは思う。
 だってそうだ。
 自分の恋人が自分の恋人だった人にいきなり惚れて、自分を捨ててそっちに走って、ヴォーカルにまで据えてしまったというのに、何でそこで友達をやっていられるんだ?
 そういう意味のことを本人に聞いたら、彼は少し寂しそうに笑うと、君には判らないと思うよ、と言った。
 確かに判らない。
 そこまでする程、兄貴は彼や彼女にとって魅力的なのだろうか。
 それは私には絶対判らない。
 もし判ったとしても、それをてこでも認めたくない類のことだ。
 ただ、彼はこう付け加えた。

「でも、長くはないと思うよ」

 彼は静かに言った。
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