どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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12 母親は嫌いではなかったが、妙に気を許せない存在だった。

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 私がハコザキ君とその彼女のさんに会ったのは、去年の夏だった。
 それは同時に、私がRINGERというバンドと出会ったことでもある。
 正直、兄貴を捜し当ててからも、彼等の音にはさして興味がなかった。
 彼と私は昔から好きな音楽も違っていた。
 お互いの部屋から流れてくる音はいつも違っていた。扉は閉ざされていた。
 私は兄貴の弾くようなうるさいギターの音は好きではなかった。
 彼は彼で、中学時代私がよく聞いていたFMで流れていた音楽に、何でこんなのが売れるんだろう、と首をかしげていたものだ。
 もっとも彼は、それが何で売れるのか、は割合簡単に答を出したものだったが。
 だから彼のバンドであるRINGERに関しても、正直、食わず嫌いのようなところがあった。
 きっとギターの音がばりばりに入って、ドラムがどこどこ言ってる、メロディなんて何処の世界、というな音楽をやっていると思ったのだ。

 ところが、だ。

 ドラムスのオズさんにある日呼び出された。
 「ACID-JAMアシッドジャム」に来て欲しい、と。
 何だろうな、と思いながら、仕事帰りに地下鉄で幾つかの場所にあるそのライヴハウスに向かった。
 ライヴハウスは初めてだった。
 故郷で私が行くライヴ/コンサートと言えば、その頃、まずホール・クラスのものだった。
 私の故郷はある程度の「地方都市」だったので、それなりのアーティストがやってくる。
 私はその中でも、2~3000人クラスのホールや、体育館クラスのアーティストのコンサートにしか行ったことがなかった。
 そのくらいの価値があるものではないと、見に行っても仕方がない、と思っていた。
 親から出る小遣いで見に行った訳ではない。バイト代で見に行ったのだ。
 友人の中には、「お母さんお願い♪」とコンサート代を捻出させた、と嬉々として言っていた奴も居た。
 いや、その時一番楽しい時間を過ごしたい、だからそのために行動する、というのは正しいと思う。
 だけど、親からもらう金で、手放しで遊ぶことができるか、というと。
 私にはできない。
 意識の問題だ。私にはできなかった。どこかで負い目のようなものを感じてしまう。

 小遣いは多くはなかった。
 というか、決まった小遣いは無かった。
 中学時代までそうだった。
 必要だったらその必要の旨を告げてもらう、という感じだった。
 決して貧乏という訳ではない。
 言ったら言った分だけはくれた。
 私の母親は、そのあたりはきっちりしていたのだ。
 おそらく友達と遊ぶお金が欲しい、と正直に言えば、彼女はそのための資金をくれたろう。
 「遊ぶこと」それが私にとって必要だ、ということが彼女には理解できただろうから。
 彼女は理解しようと努めただろうから。
 だが私にしてみれば、そうなってしまうと妙に言えなかったのだ。
 必要以上のお小遣いをもらうことはできなかった。
 親が稼いだ金なのだ。
 一応夜遅くまで働く父親の姿は知っているだけに、本を買うから、このCDが欲しいから、そんな自分の快楽のための理由を言うのが嫌だったのだ。

 いや、もう一つある。
 母親にその理由を言って、自分の好みが彼女に暴かれるのが嫌だった、というのもある。
 私は別に母親を嫌いではなかったが、妙に気を許せない存在だったような気がしている。
 隙あらば私のことを全て把握しようとしているような、そんな視線を感じていた。
 今は離れているからまだいいが、一緒に居ると息詰まるような感触を覚えるのは確かだ。
 だから高校に入ったらバイトを始めた。
 たくさんは要らなかったから、週末だけの短いものだった。
 うちの学校はバイトが自由だった。
 成績のレベルが市内でも高かったせいかもしれない。
 学校が生徒を信用していた、と好意的に私はとっている。
 まあシビアに読めば、それで下がるような成績だったら居る資格が無いぞ、ということでもあったが。
 だいたい月に2万くらいだったろうか。
 夏休みにはもう少し集中的にやって、貯めた時もあった。
 そうしてようやく、私は自分のためにお金を使う、という行動を覚えた。
 あれは学習が必要なのだ。
 ショッピングにしても、服や雑貨を選ぶのも、本やCDを選ぶのも。

 兄貴は。
 彼は私が中学に入る頃には、当時としては立派にはみ出した存在となっていた。
 ただ彼の偉いところは、音楽に関する資金はちゃんとバイトで捻出していたということだ。
 ギターもアンプも、その他もろもろのバンドに関するものは、自分の身体で稼いだ金で手に入れていた。
 そういう所が私達は妙に似ている。
 そして似ていると思ったら、少しばかり嫌な感じがした。
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