どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩

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1 「自分のキッチン」

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 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん。

 忙しなくチャイムが鳴る。
 アイボリーとイエローのストライプのカーテンの隙間から少しだけ窓を開けて見ると、通路の蛍光灯の光の下に、短い髪が飛び跳ねていた。

「遅ーい」

 扉を開けると、あははは、と目を細めて彼女は私を見る。
 遅くはないわよ、と私はこの年下に抗議する。

「あんたが速すぎるの、サラダ。さっきそっちに電話したばかりじゃない」
「隣だし。すぐじゃん。すぐ来たいじゃん。ミサキさんのごはん美味しいんだもん。好きだもん」

 言いながら、彼女はもうサンダルを脱いでる。
 白とクリーム色の市松模様のタイルの上に、無造作なオレンジの花が咲く。
 カラフルなオレンジだが、かかとは高くない。
 ぺたんこ。
 土台と同じ色の花が真ん中にどん、とついている。
 一つ間違えると悪趣味なのだけど、彼女に履かれている限り、そういう気はしない。
 私はしゃがみこむと、そのサンダルを揃えた。
 何処で見つけてきたのだろう、といつも思う。
 春先に履くものではないけど、確かバイトに行くという彼女の足にも花は咲いていた。

「ん~ 濃い香り~ 今日はイタリアンだよね?」
「まーね。ああ、クロス広げておいて」

 あいよっ、と威勢良く彼女は居間にしている六畳の方へと、勝手知ったる他人の家、という調子で入り込む。
 うちは1DKだ。
 少し古いので、都心でも結構安く借りることができている。
 ちなみに隣の彼女の部屋はワンルーム。
 フリーターの彼女はそれ以上は無理だと言う。
 私は一応正社員という奴をやっているので、たとえそれがまだ入社一年目のペーペーだとしても、ボーナスはあるし、安定した経済状態と言えよう。
 入ってすぐの扉を開けるとキッチンがある。
 6畳分あるのだから、結構恵まれていると思う。
 古い分だけ、設備にはやや難があったけれど、そこは地道に改良を重ねていた。
 何せ、やっと持てた「自分のキッチン」なのだ。
 そうせずに居られるだろうか。
 実家のキッチンの設備が悪いという訳ではないが、あそこは母親の使いやすいように出来ているものであって、私のためのものではない。
 普段の食事はキッチンの作業台を兼ねている白のタイル張りの小さなワゴンの上でしている。
 白木の小さな椅子は、最初の給料で買ったものだ。
 東南の角部屋で、ちょうど台所には朝の日射しが入る。
 朝の日射しの中での朝食、というのは結構私のささやかな夢ではあった。
 だったらそれに似合ったテーブルを。
 でも余分な資金は無いから、とりあえず持ってきていたワゴンの上にベニヤ板を張って、その上にタイルを貼った。大人しい色が、朝の光の中では一番綺麗に見える。
 だけど、人が来た時には別だ。
 小さな座卓を広げて、その上に布を敷く。
 何だっていい。
 彼女はやはり勝手にクロスを入れてある引き出しを開けると、その中から赤白のチェックの一枚を取り出した。
 ぱさっと広げると、黒い安物の座卓がいきなり鮮やかになる。
 実家を出る時に持ってきた座卓は、安いだけが取り柄のものだった。重いものを乗せると足がきしむ。
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