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第6話 少女人形と林檎爆弾
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地図通りに歩くとナットクラッカー大通りに出た。ペトルーシュカ一のビジネス街だ。
ペトルーシュカ日刊新聞社の前に差し掛かった時だった。
ころころ、と脇の道から、何かが転がってきた。オレンジ色の常夜灯の下で、黒いりんごのように見えた。
不意にキムは立ち止まり、Gを押し倒した。
何を、と言いかけた時、眩しい光と大きな音が一気に広がるのを感じた。
林檎爆弾―――
慌てて起きあがると、彼は辺りを見渡した。
妙だ。
この時間のビジネス街には人がいない。明かりもあらかた消えている。点いているのは、新聞社でまだ働いている上の階くらいのものだった。
だが明るいはずの窓が一つも開かない。
そこが新聞社である以上、自社の目の前で爆発が起これば、スクープとばかりに一斉に窓が開くなり、記者が飛び出してくるなりしてもいい筈ではないか。
となると。
Gは銃を取り出し、戦闘態勢を取る。
キムも悠然とはしているが、事態の奇妙さには気付いたらしい。長い上着のポケットに手を突っ込んでいる。
ふっ、と目の前を白いものが通り過ぎる。
見えなかった。だが、通り過ぎる際に、また別の林檎が落とされていくのは判った。
Gは飛び退く。途端に爆弾が弾ける。
それほど大きな破壊力を持っているタイプではない。だが至近距離で弾けられたら、確実に生命が危ない。
何かがこの林檎を落としていっている。それは彼にも判る。
だが何処から?
彼とキムは背中合わせになって、敵の出方を待つ。
めらめらと軽く燃える弾けた後の林檎の火が、オレンジ色の常夜灯の中では、気持ち悪い程に、全く目立たない。火の燃える音以外、彼らの耳に入ってくるものがない。
くすくすくす。
その沈黙は、少女の笑いで破られた。
キ―――………… ン、と耳を高い音が劈いた。Gは音のする方向に顔と銃を向けた。
―――上だ。
黒いスカートと白いエプロンを、急激な空気抵抗に翻しながら、少女人形は彼の頭上に降下してきた。
明かりのついた窓の一つが開いていた。
ああそうだ、この新聞社は「赤い靴」の傘下にある!
くすくすくす。
少女の笑いが漏れる。
綺麗に着地した少女の黒のスカートがひらりと舞った。彼は銃の引き金に手をかける。
決してGが下手な訳ではない。だが少女人形は、それ以上に早かった。器用に火線をかいくぐる。白のエプロンがひらりと舞った。左手に下げたバスケットの中から少女は林檎を取る。すらりとした少女の手から、林檎爆弾はアンダースローで正確に投げられる。
そしてその速度とコントロールときたら、全星系統一野球連盟の花形ピッチャーを思わせる程だ。
避ける。背後の通信ボックスが火を吹く。攻撃を加えながら相棒の位置を確認する。
そこではもう一つの戦闘が行われていた。
白のスカートに黒のエプロンの少女人形が、やはり極上の笑みを浮かべながら林檎爆弾を投げている。キムはレーザーナイフを持って応戦しているが、いかんせんスピードが違う。
ああ、これは家庭管理型なんかじゃない!
Gは今更ながらに内心叫ぶ。刺客は、あのマダムの所に居た少女達、オデットとオディール、双子の生体人形だった。
そうだ、これは殺人人形だ。
規格外戦闘型。規格内の戦闘型と違って、外見が他の平和利用型と同じであるだけに、規格内のものを想定して訓練してきた者には非常にやりにくいタイプだ。
―――だけどバスケットの中身は限度があるはずだ。
三十六計逃げるにしかず、とばかりにGは走り出した。
だが黒いスカートのオディールはくすくすと笑いながらすさまじいスピードで追ってくる。
幾つかの爆発が彼の前や後ろで起こった。
いくつの爆発が起こっただろう? 新聞社ビルの玄関が破壊された直後に、少女の動きが変わった。
Gはその隙を見逃さなかった。
横向きに疾走する少女人形に迷わず銃を撃ちはなつ。
ほんの数歩の助走を付けると、オディールは黒のスカートをひらめかせ、新聞社隣のビルの壁を蹴って、更に隣のやや背の低いビルの屋上まで舞い上がった。
はあはあ。
瞬間、Gは全身から汗が吹き出るのを感じた。思いきり走った後のそれであるのか、冷や汗であるのか、彼自身にも区別がつかなかった。
途端、相棒のことを思い出す。
通りに駆け戻った。
爆発が視界を焼く。まだこちらでは終わってはいなかった。
「キム!」
Gは相棒の姿を捜す。
林檎爆弾が炸裂したということは、近くに居る筈。
だが通りには二人とも姿がない。時々、かち合う高い音が聞こえる。
ふっ、と上を向いたら、上から林檎が降ってきた。
まずい!
だが身体はすぐには反応できなかった。
「G!」
その時。
勢いよく自分にぶち当たるものの重みを彼は感じた。
彼の姿があった所に林檎爆弾は落ち、炸裂した。
身体を起こす彼は、自分を突き飛ばした者の背中が、恐ろしい速さで視界の上方へ行くのを見た。
長い栗色の髪を大きく前後左右上下に揺らせながら、キムは常夜灯の上へ飛び乗る。
道を挟んだ向こう側に、少女人形のオデットがバスケットを抱えて立っている。
キムは軽く反動をつけて跳んだ。オレンジの光が揺れる。
オデットも同時に、白いスカートを翻して跳んだ。
キン…………
何かがこすれ合う音がした。少女の両の手の甲からは、ぎらりと光る鋭い刃物が出ていた。
そしてそれに応戦するキムは、特殊セラミック製のナイフを長く伸ばしていた。
二人は空中で刃を合わすと、互いの位置を取り替えた。緊張が高まる。
少女人形は、わずかに身を踊らせた。その横を銃弾がかすめていく。
その大きな、美しい湖のような青い目が、足下の敵を一瞬早く感知したのだ。Gは続けざまに何発か撃った。
少女人形は、とうとう向きを変えた。
そして一気に、バスケットをひっくり返した。
*
滅茶苦茶だ。
何とか難を逃れたGは思う。
最後にオデットが放っていった林檎は、七つ八つはあったらしい。道の舗装だけでなく、近くのビルの入り口をことごとく破壊していた。
「キム?」
彼は相棒の名を呼ぶ。彼が乗っていたはずの常夜灯も、足元を折られ、無惨な姿となっていた。
「よ」
栗色の髪が、揺れた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だけど…… ちょっと疲れ……」
ふらり、と彼はその場に倒れ込んだ。慌ててGは地面につく前に手を伸ばし、支える。
思った以上の重さに、彼の腕は一瞬悲鳴を上げた。
ペトルーシュカ日刊新聞社の前に差し掛かった時だった。
ころころ、と脇の道から、何かが転がってきた。オレンジ色の常夜灯の下で、黒いりんごのように見えた。
不意にキムは立ち止まり、Gを押し倒した。
何を、と言いかけた時、眩しい光と大きな音が一気に広がるのを感じた。
林檎爆弾―――
慌てて起きあがると、彼は辺りを見渡した。
妙だ。
この時間のビジネス街には人がいない。明かりもあらかた消えている。点いているのは、新聞社でまだ働いている上の階くらいのものだった。
だが明るいはずの窓が一つも開かない。
そこが新聞社である以上、自社の目の前で爆発が起これば、スクープとばかりに一斉に窓が開くなり、記者が飛び出してくるなりしてもいい筈ではないか。
となると。
Gは銃を取り出し、戦闘態勢を取る。
キムも悠然とはしているが、事態の奇妙さには気付いたらしい。長い上着のポケットに手を突っ込んでいる。
ふっ、と目の前を白いものが通り過ぎる。
見えなかった。だが、通り過ぎる際に、また別の林檎が落とされていくのは判った。
Gは飛び退く。途端に爆弾が弾ける。
それほど大きな破壊力を持っているタイプではない。だが至近距離で弾けられたら、確実に生命が危ない。
何かがこの林檎を落としていっている。それは彼にも判る。
だが何処から?
彼とキムは背中合わせになって、敵の出方を待つ。
めらめらと軽く燃える弾けた後の林檎の火が、オレンジ色の常夜灯の中では、気持ち悪い程に、全く目立たない。火の燃える音以外、彼らの耳に入ってくるものがない。
くすくすくす。
その沈黙は、少女の笑いで破られた。
キ―――………… ン、と耳を高い音が劈いた。Gは音のする方向に顔と銃を向けた。
―――上だ。
黒いスカートと白いエプロンを、急激な空気抵抗に翻しながら、少女人形は彼の頭上に降下してきた。
明かりのついた窓の一つが開いていた。
ああそうだ、この新聞社は「赤い靴」の傘下にある!
くすくすくす。
少女の笑いが漏れる。
綺麗に着地した少女の黒のスカートがひらりと舞った。彼は銃の引き金に手をかける。
決してGが下手な訳ではない。だが少女人形は、それ以上に早かった。器用に火線をかいくぐる。白のエプロンがひらりと舞った。左手に下げたバスケットの中から少女は林檎を取る。すらりとした少女の手から、林檎爆弾はアンダースローで正確に投げられる。
そしてその速度とコントロールときたら、全星系統一野球連盟の花形ピッチャーを思わせる程だ。
避ける。背後の通信ボックスが火を吹く。攻撃を加えながら相棒の位置を確認する。
そこではもう一つの戦闘が行われていた。
白のスカートに黒のエプロンの少女人形が、やはり極上の笑みを浮かべながら林檎爆弾を投げている。キムはレーザーナイフを持って応戦しているが、いかんせんスピードが違う。
ああ、これは家庭管理型なんかじゃない!
Gは今更ながらに内心叫ぶ。刺客は、あのマダムの所に居た少女達、オデットとオディール、双子の生体人形だった。
そうだ、これは殺人人形だ。
規格外戦闘型。規格内の戦闘型と違って、外見が他の平和利用型と同じであるだけに、規格内のものを想定して訓練してきた者には非常にやりにくいタイプだ。
―――だけどバスケットの中身は限度があるはずだ。
三十六計逃げるにしかず、とばかりにGは走り出した。
だが黒いスカートのオディールはくすくすと笑いながらすさまじいスピードで追ってくる。
幾つかの爆発が彼の前や後ろで起こった。
いくつの爆発が起こっただろう? 新聞社ビルの玄関が破壊された直後に、少女の動きが変わった。
Gはその隙を見逃さなかった。
横向きに疾走する少女人形に迷わず銃を撃ちはなつ。
ほんの数歩の助走を付けると、オディールは黒のスカートをひらめかせ、新聞社隣のビルの壁を蹴って、更に隣のやや背の低いビルの屋上まで舞い上がった。
はあはあ。
瞬間、Gは全身から汗が吹き出るのを感じた。思いきり走った後のそれであるのか、冷や汗であるのか、彼自身にも区別がつかなかった。
途端、相棒のことを思い出す。
通りに駆け戻った。
爆発が視界を焼く。まだこちらでは終わってはいなかった。
「キム!」
Gは相棒の姿を捜す。
林檎爆弾が炸裂したということは、近くに居る筈。
だが通りには二人とも姿がない。時々、かち合う高い音が聞こえる。
ふっ、と上を向いたら、上から林檎が降ってきた。
まずい!
だが身体はすぐには反応できなかった。
「G!」
その時。
勢いよく自分にぶち当たるものの重みを彼は感じた。
彼の姿があった所に林檎爆弾は落ち、炸裂した。
身体を起こす彼は、自分を突き飛ばした者の背中が、恐ろしい速さで視界の上方へ行くのを見た。
長い栗色の髪を大きく前後左右上下に揺らせながら、キムは常夜灯の上へ飛び乗る。
道を挟んだ向こう側に、少女人形のオデットがバスケットを抱えて立っている。
キムは軽く反動をつけて跳んだ。オレンジの光が揺れる。
オデットも同時に、白いスカートを翻して跳んだ。
キン…………
何かがこすれ合う音がした。少女の両の手の甲からは、ぎらりと光る鋭い刃物が出ていた。
そしてそれに応戦するキムは、特殊セラミック製のナイフを長く伸ばしていた。
二人は空中で刃を合わすと、互いの位置を取り替えた。緊張が高まる。
少女人形は、わずかに身を踊らせた。その横を銃弾がかすめていく。
その大きな、美しい湖のような青い目が、足下の敵を一瞬早く感知したのだ。Gは続けざまに何発か撃った。
少女人形は、とうとう向きを変えた。
そして一気に、バスケットをひっくり返した。
*
滅茶苦茶だ。
何とか難を逃れたGは思う。
最後にオデットが放っていった林檎は、七つ八つはあったらしい。道の舗装だけでなく、近くのビルの入り口をことごとく破壊していた。
「キム?」
彼は相棒の名を呼ぶ。彼が乗っていたはずの常夜灯も、足元を折られ、無惨な姿となっていた。
「よ」
栗色の髪が、揺れた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だけど…… ちょっと疲れ……」
ふらり、と彼はその場に倒れ込んだ。慌ててGは地面につく前に手を伸ばし、支える。
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