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2.2045年現在の日本では、小学校の六年と中等学校の六年、計十二年間が義務教育となっている。

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「そういえば」

 教室へと向かう廊下は、長かった。

「朝礼が今日は、無かったって聞いたんですが…」
「ああ…… 朝礼ね」

 確か事前にもらった資料によると、週明けの朝礼で彼は教生として、生徒の前で紹介されることになっていたのだ。

「まあ色々事情があって。あ、もしかしてあなた、自分のせいだと思っているの?」
「そう思ったんですが…… 違うらしいと。下の事務の……」
「お喋りなひと」

 南雲は軽く眉を寄せた。

「でもまあ、あなたの遅刻のせいではないのは、確かなのだけど。でもどうして、大事な時なのに、遅刻したの?」

 高村は言葉に詰まった。

「なるほど、困ること?」
「寝坊なんです」
「寝坊!」

 ぷぷ、と彼女は吹き出した。

「笑うことはないでしょう」
「あ、ごめんなさい。だけど、今まで私、六年間教師やってきて、寝坊で実習に遅刻してきた学生は見たことなかったから」
「そうですか?」

 高村は口をとがらせ、言い返す。

「そうよ。皆、緊張して昨夜は眠れなかった、とか言ってるのがほとんどなのに。大物ね」

 まあいいわ、と彼女はぽん、と頭半分高い教生の肩を叩いた。
 吹き抜けの渡り廊下を過ぎると、右手に図書室、左手に緩やかに曲がる廊下が続いていた。

「ここからが、教室棟」
「ここからが? 全部ですか?」
「そう。さっき私達が出てきたのが、管理棟。そしてほら」

 南雲は右手に大きく広がる階段を指す。半階進んだ部分に通路が広がり、その向こうにもう一つの棟があった。

「向こうが理科棟。私達は向こうに居ることの方が多いわ」
「そうなんですか?」
「ええ。職員室には皆、朝のミーティングと、帰りの報告くらいしかやって来ないの。そうね、中等の後期部担当の教師となると、科目ごとに、皆個性がばらばらで、世間話も少しやりにくくてね」

 それは初耳だった。
 しかし自分の中等の頃のことを思い出せば、それも判らなくはない。
 たかだか、三年前のことなのだ。現在の彼は、県立大学の教育学部理科専攻化学部門の三年である。

 2045年現在の日本では、小学校の六年と中等学校の六年、計十二年間が義務教育となっている。
 中等学校は、前期三年と後期三年に校舎とカリキュラムを分けているが、課外活動や祭事に関しては、共同で作業を進めることになっている。
 その六年間のうち、確かに後期の三年は、教師の姿を職員室で見ることはそう無かった様な気も…… する。

「仲が悪いということ…… は?」

 先ほどの「現代国語」の島村という教師の、からかう様な口調を思い出す。南雲は首を横に振った。

「仲が悪い、という訳ではないのよ。ただ、あまり共通言語が無いの。同じ職場なら、居心地がいい場所を皆求めるでしょう? それだけのことじゃないかしら」

 はあ、と高村はうなづき、階段の横をすり抜ける。と。

「まあでも、この作りは無いって思うわね、さすがに」

 南雲は両手を広げた。彼らの行く手には、長い廊下が延々と真っ直ぐ続いていた。

「一学年、十組あるの。五年生は二階よ」
「まさか、十クラス、ずらっと」
「そう、並んでるわ。クラスによっては、さすがに色々不便もある様ね」

 そう言いながら、彼女は「五組」のプレートが付けらけた扉に手を掛けた。がらり、と戸車が音を立てる。
 南雲は厳しい表情になると、大股で教壇の前まで歩く。そしてざっ、と生徒達を一瞥した。それまで騒いでいた生徒達が、その瞬間、さっと静まった。

「空席は無し――― OK、今日も欠席はゼロね。出席を取る必要は無し。時間も押していることだし、てきぱき、と紹介しましょう。高村先生です」

 彼女は高村を手招きすると、背後のホワイトボードに、最太のマーカーで「高村正治」と大きく書いた。

「二週間、教育実習で県立大学からいらしたの」

 おお、と教室中が一瞬沸いた。そういえば自分の時もそうだったな、と彼は思い出す。
 ただ。

「南雲さん、そんなこと言わなかったじゃんかよー」
「ちょっとした連絡不足よ! まあ、急に決まったことには違いないけどね。でもいい機会だわ、滅多に無いことだし、二週間、彼と仲良く楽しく厳しくやって行きましょう」

 厳しくぅ? と女生徒の声が上がる。

「そう、厳しくね」

 ふふふ、と南雲は笑う。

「何か彼に質問は? 時間の関係上、二つまでね」

 はい、と一人の女生徒が手を挙げた。

「川原さん?」
「はい。あの、これは高村先生ではなく、南雲先生への質問なのですが」
「何ですか? 私に個人的質問? 今更」
「いえ」

 くすくす、と周囲がさざめき立つ。

「七組の、日名さんが急に退学したって、本当ですか?」

 その途端、周囲の空気が変わった。質問する川原という女生徒の目も、真剣なものだった。

「何処からあなた、それを聞いたの?」
「あの、私、同じ部活ですから――― 今朝」
「ああ、あなた、演劇部だったわね。そう、日名さんは退学したらしいわ。自主退学という奴ね。だけど、それ以上のことは、私には判らないのよ」

 ええっ、と男子生徒の声が上がる。そうですか、と消え入りそうな声を立てて、川原は座った。

「それでいいかしら? 川原さん」
「はい。仕方、ないです」
「他には? 無いなら、今朝のHRはこれで終わりにします」

 オレは? と高村は口をとがらせた。確か自分への質問のはずだったのに。
 だが何となく、それを言い出せるムードではなかった。やれやれ、と彼は肩をすくめた。
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