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2部 光希と夏向のそれから

全て

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(side光希)
から回ってしまったなと思う。
蓮叶くんが俺にしてくれた忠告は、正しく俺がやってしまった間違いだった。下手をすればずっと間違えたままで、取り返しのつかないことになるかもしれなかった。

何故、俺は『こう』なってしまったのだろう。俺がこうなってしまったのはΩを守りたいというαの本質のせいなんだろうか。
使命だとか言ってみたけれど……それで泣かせてしまってはきっと本末転倒だ。
幸せにしたい。
俺は、夏向を。夏向と。

「まあ、仕方ないよ~。αには闘争本能が備わっているからね~。それにΩへの独占欲もプラスされてそりゃもう面倒臭い生き物になってしまう感じ~」

生徒会室、やっと仕事を片付けたと藍は一息付きながら笑った。生徒会の業務をしながら雑談ついでについと、前回の出来事を俺は藍に話してしまった。
話すつもりは無かったんだが……藍は聞き出すのは上手いというか、蓮叶くんがその後を気にしていたと言われたら、話すしか無いだろう。


「闘争本能が関係あるのか?」
「そりゃあるよ~。周りを敵認定すると、どうしても信じられなくなるからね~。だったら『閉じ込めた方が早い!』って結論になるの~。閉じ込めたくなるのは、何かを敵認定しているからだよ」

勝ち誇ったように解説する藍を、何となくじろりと睨む。藍は『ふふふ』と口角の片方を上げて笑った。

「どうせ紅葉からの受け売りだろ?」
「あら、バレた?」
「彼が一番、αやΩの性質について研究しているからね」

でも、何となく分かる。俺はずっと、右代春都が敵だった。だから気を張って彼に負けないようにした。夏向に対する執着心がないときっと直ぐに夏向は俺の元を去ってしまうだろう。そんな危機感が少し前まではあった。

正義という言葉は、やっぱり人を盲目にしてしまうな……。まあ、夏向の手を離さなかったことはずっと後悔はしていないけれど。

あれは正しく、一歩引けば殺されるかもしれないという戦いだった。忘れようにもどうにも忘れられない、人が目の前で死ぬという恐怖を思い出す。
正義を貫いたからこそ、俺は夏向を守れたんだ。下手をしたら夏向に殺されるかもしれなかった、俺が。

「……要はバランスか」
「ん、何か言った~?」
「いや、別に」

いそいそと帰り支度をする藍を、何となく眺めながら俺は頬杖をつく。
考え事はいまいち纏まらなくて、俺はため息をついた。
藍が生徒会室に出ていったのを何となく横目で見ながら、俺はパソコンの電源を入れる。

時代の流れに適応できない生き物は淘汰されるだけだ。……俺は、それに追いついていなかったというわけか。
保守派うよくであろうと革新派さよくであろうと偏りすぎは悲惨な結末になってしまう。
本能のままではなく、時代を読み解きながらバランスを考え行動するのは、今後の俺の課題だろう。

『やっほ~。七世』

なんて考えていたらパソコンから呑気な音声が聞こえてきた。

「こんな時間に珍しいな、紅葉。どうしたのかな?」
『そういえば結野を副会長にする話、どうなったんかな~って。すっかり忘れてたけど』

パソコンの画面を紅葉からの映像に切り替える。いつも通り、スマホを手に持った胡散臭い白衣姿の紅葉が画面の奥で笑っていた。
そういえば夏向を副会長にするという案があった。しかし夏向の学費騒動で一回保留になったんだっけな。

「夏向は二学期から副会長をしてもらう。……と、言っても二学期の途中から俺の任期も終わるから、ほんの短い間になってしまうけどね」

また俺が選挙で勝てば生徒会長になれるけれど……高校三年生の後期まで生徒会長をした生徒は極わずかだと聞く。
普通は二年生に譲り、俺はのんびり隠居生活をするのがいいだろう。……勿論、隠居生活は比喩だけれど。
でも、少し夏向と触れ合う余裕を作ってもいいかなって思ってきた。また何か間違えてしまってもちゃんと話せば軌道修正出来るだろうから。そのために必要なのは『余裕』だ。

『ほぉん。まあ、ええんちゃう?』
「淡白な返事だね。夏向が学園に通えるようになったのは君のおかげなんだから、もう少し関心を持ってもいいと思うんだけれど」
『関心っていうか……。研究の手伝いさえしてくれれば、別にええし。結野がどういう学園生活を送るのか、俺が関与したらあかんやろ』

目にかかった前髪をかきあげた紅葉が画面に映る。スマホを見ながら何やら作業をしているようだが、それが何かまでは俺には分からない。

「紅葉」

話しかけるのに一瞬戸惑ったが、このタイミングが好ましいと思い、声をかけることにした。

「学費の件は……恩返しかな?」

俺の言葉に、一瞬驚いた顔の紅葉が画面に映る。
スマホから目を離し、俺を見ていた。
この表情……やはり図星か。
彼が夏向に持ちかけた取り引きだけれど……どう考えてもこちら側が。取り引きだとか言いながら……本当は前のこと気に病んでいるのではないか。俺はそう思ってしまった。

「あれは、『七世』が『海上』にあげたお金だ。俺個人のお金でもないし、紅葉が個人的に受け取ったお金でもない。全部親達が判断したことだ……。それを、ずっと俺への借りだと思って、気に病んでいたのなら……謝りたい。いや、違うな。今回の件に繋がっているのなら、感謝したい。紅葉、ありがとう」
『なんやねん……急に。あ~でもそっか。バレたかぁ。そりゃ、破産寸前の会社助けて貰って俺の方が感謝してるんや。……実際、学費なんかよりそっちの方が金額が多いし……まだ返しきれてへん』

少し泣きそうな表情の紅葉が、何だか珍しく感じてしまう。
俺は七世に生まれただけだ。俺自身は何もしていないけれど……けれども七世の名前に恥じない生き方を今後もしたいと思ってしまった。
こうやって、父上のおかげで救われた人がいるなら……俺も同じ生き方をしたい。

『嬉しかったんや。あんなに泣いてた家族、初めて見てん。俺は……その時七世に忠誠を誓うと決めてんな』
「……」

何も言えなくて、つい黙ってしまった。
紅葉の行動原理は、損得勘定だと思っていたから。ずる賢く生きる方がきっと紅葉には合ってる。なのに、『忠誠』なんてものは足枷にしかならないだろうに。

『七世』

紅葉が、俺を呼んだ。紅葉の家を救った『七世』と同じ苗字の俺を。

『あんたは……あんま気にせんでええねん。これは俺の心の中の問題やから。だから、今回のも『俺』と『結野』の取引や、七世は関係ないんやよ?』
「そういうことにしておく……。じゃあ俺も、今回のことを勝手に『借り』だと思うのも紅葉には関係の無い話だ」
『はっはっは~。言うやん。まあ、とりあえず……俺のことはこれからも手元に置いておいて。俺もはよぉ……借り返さなあかんし』
「俺も、君に借りを返さないといけないな……」

少し迷ったけれど、改めて俺は言うことにした。少し咳払いをして恥ずかしさを隠す。

「紅葉、君の力が必要だよ。もう少し、俺と一緒にいてくれないか?」
『うん。最っ高の口説き文句や。じゃあ代わりに俺も、七世の権力を利用させて貰いますわ』

全く、誤解を招く言い方をしないでくれ。

「口説いてはいない。俺の運命は夏向だ」
『ええやん。何も運命の番だけが運命ちゃうで。自分にとって、重要な出会い方をした人みんな運命やねん。俺の人生には七世が必要やからな。……あんたもそうやろ?』
「そうだな。俺の人生に、紅葉は必要だ」

『運命』とは、唯一のことではなく、今まで出会った全ての事を指すのなら……。
俺の人生は、運命に溢れているだろう。
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