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2部 光希と夏向のそれから

口付け

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(side夏向)
「紅葉……」

ドスの効いた声は僕にいつも呼びかける、甘えるような優しい声ではない。
まるで全身で威嚇して敵を相手にしているみたいだ。

「……ちょっとからかい過ぎたかもしれへんなぁ」

海上先輩はため息をつく。今までの笑顔は消え失せて、眉間に皺を寄せていた。

「このメール、どういうことだ?」
「『番さんは、俺が預かった。返して欲しかったら研究部部室に行くことやなぁ。まあ、俺は番さんのことは気に入ってるから、七世が来るまで好きにさせて貰うわ』ってメールのことか?そのまんまや。『番さん、今研究部の部室にいるから迎えに来たってな~』っていう意味やで。この学園の生徒会長サンやったら、人並みの読解力位はあるやろ?」

こんな状況の光希を煽ろうとするなんて、海上先輩はかなりの勇者だ。予想外だったが寧ろ好機というように、光希を確実に怒らせていく。
もしかして、パーソナルスペースを極端に近づけて、僕の手を握ったのは光希の来るタイミングを狙ったのだろうか。
だとすればさっきスマホをちらりの覗いたのにも納得が行く。僕と話している間に光希と密かにスマホで連絡を取り合っていたのだろう。
表向きは脈を測ろうとして……そんなことをしていたのなら、やっぱり彼は勇者だし、策士だ。

「……夏向、帰ろう。やっぱりこの男は危険だ。紅葉、もう金輪際、夏向に近づかないでくれ」

僕の返事を聞かずに光希に無理やり抱き抱えられ、僕はあっぷあっぷと口篭る。
正直、今は離して欲しい。海上先輩と話したいことがあるんだ。

「光希……ねえ、光希」

声をかけるけれど、光希は興奮していて僕の声は届かない。目の前が真っ暗になりそうだ。
海上先輩は何故光希をわざと怒らせることをしたんだろう。悪役ぶっているけれど、彼は悪役では無い。それはふたりきりで話して理解した。一応利害関係で行動する人だけれど……僕たちに悪意はきっと無いのだ。

「……やっぱり、俺が間違っていた。このまんまじゃ駄目なようだ」

光希が呟いた言葉に背筋が凍る。あまり考えたくないけれど、いくつかの二字熟語か僕の頭をかすめる。

束縛、拘束。そして、監禁。

光希の想いが強すぎて……キツすぎて、縄みたいに僕は身動きが取れなくなってしまうのだろうか。
光希は僕との関係を、愛玩動物でもいいと言った。いつか暴走して僕の意志を無視して閉じ込めかねない。

大丈夫、大丈夫だからさ。光希。

そうなる前に、行動しなければいけないんだ。
足掻いて苦しんで……僕は僕の自由を勝ち取りたい。
別に光希から逃げるわけじゃない、寧ろ長く付き合っていたいから。僕にとって光希は希望であり、唯一であり……かけがえのない、運命なのだ。

「光希……」

もういちど声をかけると、漸く光希は僕を見た。どうやら僕の声が届いたようだ。勿論、僕を抱きしめた力は強いままだけれど……でもとりあえず安堵した。

「夏向、怖かったね……もう俺がいるから。誰ひとり、傷つけさせない」

「違うんだ、光希。海上先輩は怖くなんか無いよ。寧ろ僕達のことを考えてくれているから……話したいんだ」
「でもさっき、夏向に近づいてキスしようと……」

光希の角度的にはそう見えたのか。でも実際には手を握られただけだ。まさかそれも海上先輩の計算内だったら恐ろしい。僕は誤解を解こうと急いで首を横に振る。

「してない」
「でも、これから何かするかも……」
「無いよ!!」
「いや、紅葉はαなんだ」

ああ、だめだ。このまんまだと会話が堂々巡りになりそうだ。少しでも隙を見せたら、光希の口の上手さで押し切られるかもしれない。
いつも光希は僕に甘々だから困ったことは無いけれど……口が上手いのは光希の方だから、僕は口喧嘩になった時に敵わない。

心が通じないってこんなにも寂しい。
やっぱり僕は光希と対等でいたい。隣でしっかりと立っているような堂々とした番でいたい。

……その願いは、僕には勿体ない願いなのだろうか。
光希。

心の中で名前を呼ぶ。
無意識に、僕の目からぽたぽたと雫が溢れていた。

「みつ……き」
「夏向……、泣いてるのか?」

今度は震えながら声に出した。縋り付くように光希の顔に手を伸ばし、そして僕は光希の唇に口付けた。
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