上 下
89 / 110
14 標的を殺したい僕、運命を守りたい俺

走れ

しおりを挟む
(side光希)
時間は少し前に遡る。
俺は壮一郎の声で目が覚めた。

「そろそろ起きてくださいよ~」
「壮一……郎」

まだ完全に脳が覚醒していない。何度か瞬きを繰り返し状況を確認する。変わらない壮一郎の部屋。だけども睡眠薬を飲まされた時とは違って、窓から差し込む日差しは角度が急だ。

「もう、始まるんすよ。演説。ま、今から行っても間に合わないんすけどね」
「何故起こした?」

がばっと起き上がる。俺の様子を見ようと覗き込む壮一郎を睨んだ。

「何故って?あんたにチャンスをあげようかと思って。悠著にしている暇は無いっすよ」
「……君が俺を誘拐したのは、演説に出れないようにする為だろう」
「ああ、そんなこと言ったっけ。間違ってないけど、正確には違う。ユイ……『結野夏向を演説に引っ張り出して、全校生徒の前で発情させるため』っすよ」
「……なっ」

そこで俺は、俺を誘拐した意図の恐ろしさに気づく。俺が演説に出れないだけで、そこでこの話は終わりでは無いのだ。
俺の代わりに夏向が壇上に上がって、そして『運悪く』発情してしまったら。
『促進剤』とかいう、違法スレスレな薬物の存在を俺は知ってる。
悪い運だって人為的に作れてしまえる。
彼らはここまで非道だったか。

良く考えれば、夏向が一昨日話してくれた昔話だっておかしかったんだ。
夏向は言っていた。
『発情期から発情期までの二ヶ月間、発情しながら殺害する方法を身につける練習をした』と。通常では有り得ない。それは促進剤という、人為的な発情を促さないと出来ないことだ。

夏向が全校生徒の前で発情してしまえば言い訳が出来ない。
根も葉もない、Ωである夏向を陥れる噂はそのまんま、夏向の心情がどうであれ真実になってしまう。
それは夏向の心に深く傷を付けることになる。一生のトラウマになるかもしれない。

寝る前は手錠をかけられたが、起きた時には外れていた。俺は急いで壮一郎の部屋から体育館に向かう。普通に歩いたら十分はかかる道のりだ。くそっ。走りながらスマホを取り出した。

「もしもし藍?」
『みっくん、どこにいたの!?大丈夫?』
「大丈夫だ。今から向かう」
『あのね。犯人の特定と、その犯人と右代との繋がりの判明。それからそれ以外の違法な商売についての証拠も今掴めたみたい、今十夜様から送って貰ってる~』

いつの間に……。俺が捕まっている間にそこまでやってくれているのか。藍はやはり優秀だ。
でも、今はそれよりも聞きたいことがある。

「夏向は?俺の代わりをしてるだろ?」
『え、うん。そうだよ~。丁度今からみたい。あ、拍手の音聞こえる?』

よくよく耳を澄ますと、確かにパチパチパチと大勢が手を叩く音が聞こえた。

「分かった。ありがとう」

俺はそう言って通話を切る。今から正攻法で行って間に合わないかもしれない。校舎の方向にある窓から身を乗り出した。ここは三階。まあ、何とかなる。
窓から飛び降りて受身を取り、着地する。

また走り出した。大分時間短縮になったはずだ。それでもまだ、足りない。時間が、不安が、拭えない。走れ、走れ、走れ。自分に暗示をかける。
大丈夫だ。夏向。俺が守ってみせるから。
何があっても、絶対にだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

これがおれの運命なら

やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。 ※オメガバース。Ωに厳しめの世界。 ※性的表現あり。

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

安心快適!監禁生活

キザキ ケイ
BL
ぼくは監禁されている。痛みも苦しみもないこの安全な部屋に────。   気がつくと知らない部屋にいたオメガの御影。 部屋の主であるアルファの響己は優しくて、親切で、なんの役にも立たない御影をたくさん甘やかしてくれる。 どうしてこんなに良くしてくれるんだろう。ふしぎに思いながらも、少しずつ平穏な生活に馴染んでいく御影が、幸せになるまでのお話。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...