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14 標的を殺したい僕、運命を守りたい俺

演説

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(side夏向)
体育館。普段バラバラに活動する全校生徒が、一箇所に集められ綺麗に並んでる様はなかなかに圧巻だ。独特な青色の制服は、まるで海のように辺り一面を埋めている。大海原……と表現したい位だ。総数が多くなればなる程、どうしても『個』の認識は薄くなってしまう。
けれども今回彼らに話をする僕は、それぞれが『個人』である事は忘れてはいけない事実だろう。
『大海原』は意思など共有しない。
『大海原』は僕を攻撃する大きな怪物などでは無い。
小さい、個々人だ。誤差はあれど僕と同じ大きさの、人間達だ。
それを理解していないと、きっと光希みたいに人の上に立つ資格は無いのだろう。今日の僕は光希の代わりだ。だからしっかりしないと。

演説台では兄様が威風堂々と言葉を並べていた。緊張していて、僕はそれをきちんと聞き取ることが出来ない。言葉が左右の耳を通り抜け、脳に響いてこない。

ダメだ、ふわふわする。
まあ、兄様が言ってるんだし……。言ってることは、正しいんだろうな。
ニイサマハ、トクベツナ、アルファダカラ……

はっと気付いて首を激しく横に振った。
ダメだ、今僕は兄様の空気に飲まれようとしていた。

舞台の端っこに僕はいる。台本は用意したし……多分、大丈夫だ。
そう言えば光希は勿論……ナギの姿も見ていない。てっきり兄様と一緒にいると思っていたのに……違うみたい。何処にいるのだろう、もしかして光希と一緒にいるのかな。
藍先輩は、ずっと学園外の誰かと連絡している。僕はそれが誰か知らない。たまに聞こえてくる内容は難しすぎて僕は首をひねるばかりだ。法律だったり、株だったり……。光希だったらきっと理解出来るのだろう。光希がいない分、藍先輩は大変そうだ。

「是非とも、わたくし右代春都に清き一票をお願いします」

兄様がそう締めくくると、大きな拍手が聞こえる。爆発音みたいな爆音が僕の鼓膜に届いて、『はっ』とした。そうだ、次は僕の番だ。特例なんだからヘマをしてはいけない。
気を引き締める。降りてくる兄様と交代して僕は舞台に上がろうとする。
その時僕は自分のことで精一杯で、兄様が何かを口に含んだことには気づかなかった。

ふと、すれ違った。その時だ。
口に滑りを感じて、思わず目を見開く。嗅ぎ覚えがある、この匂い。僕とそっくりな黄土色の瞳が僕をじっと見る。

「……っに」

何故、僕は兄様にキスをされている!?
突き放そうとしたけれど、当然αに適うはずもない。舌が侵入してきて、怖くて目をつぶった。
怖い、目的が分からない、怖い。恐怖で震える。光希みたいに甘くは無い。僕と似た遺伝子は、例えαだろうと……お互いに強く惹かれることは無い。

幸い、すれ違ったのは舞台袖だ。生徒たちからは見えない場所だけれど……それでももし舞台の上ですれ違ったなら、全校生徒の前でキスされてたんだろうか。

唾液とは違う、苦い味が喉元を通る。
兄様は、僕の口から自分の口を離した。

「に、……さま」

『けほけほ』と咳き込む。兄様は今、どんな表情をしているのだろう。顔を上げると目が合った。

いつも通り、にっこりと笑ってそして僕の肩をぽんっと叩いた。

「『仕事』を成し遂げたら褒めてあげるね」
「しごと……?」

耳元で、兄様の声が届いて鼓膜が振動する。それから、やっと僕はポケットの重みに気付いた。
この重さはよく知ってる。
兄様が僕のスラックスのポケットに、『アレ』を入れたのだと僕が気付いた時には戦慄した。

ぶるぶると肩が、足が震える。そんな僕のことはお構い無しに兄様は更にぐいっとポケットの中のものを押し込んだ。
これと同じものは、確か光希の部屋に置いているはずだ。なのに、なんで。

「夏向が携帯してないから……新しいのわざわざ用意したんだよ?僕ってば優しいよね。さあ、行ってらっしゃい」

兄様は僕を見守るように手を振る。幼少期に見た、優しい兄のような姿で。

ダメだ。足がすくむ。
落ち着け。僕には光希がいる。ああ、光希の甘い匂いを嗅ぎたいな。とてつもなく寂しい。
今感じるのは光希と同じくらい強い、兄様のフェロモンだけだ。それは僕の心の奥底、深くまで届いて……揺さぶってくる。

光希。……生徒会長。
僕は心の中で必死に光希を呼ぶ。溺れてるみたいに助けを求めるみたいに。

祈るみたいに。

時間にすれば戸惑ったのは数秒で、その間に僕は進む覚悟を決めた。

真っ直ぐに舞台上に上がる。みんなのざわめきが聞こえてくる。

大丈夫だ。進め。前へ。みんなの前へ。
演説台に立ち、声を張った。
演説台はまだ兄様の香りが残っている。

「この度、現生徒会長の七世光希さんの代理で演説をさせていただきます。一年B組結野夏向です」

この学園にはないけれど、『応援演説』という仕組みがある学校も存在する。今回、僕は特例で七世光希の代役が認められたけれど、僕から言うことは所謂『応援演説』と近い。
生徒会長としてアピールしたいのは、僕じゃ無くて七世光希だ。
もう二度と、誤解が無いように。僕のせいで陥れられることが無いように。僕は言葉を紡ぐ。

「僕は現生徒会長、七世光希の、運命の番です。僕は……いい社会を、みんなのための学園生活を、全力で支えようとする光希の力になりたいです」

しんと静まり返った中で……ただ僕の声だけが聞こえる。みんなの視線が、こちらに集まるのがわかる。怖いけれど……これが僕に出来ることだ。受け入れられるかは分からない。

「僕は自分の正義を貫こうとする光希が好きです。Ωであろうと、真っ直ぐに僕を見てくれる光希だから、僕は心から信じることが出来ました。光希の傍に、行きたい。共に生きたいと思ったんです」

演説の時間として与えられたのは三分間。その時間で僕は僕の心の全てを語る。身体がやけに熱くなる。ドクン、ドクンと鼓動が聞こえる。僕は緊張しているのだろう。でも大丈夫、きっと大丈夫だ。

「Ωの差別は社会的に消えていません。でも『まだ』無くなっていないだけです。光希は、バース性で差別しない。βである凪壮一郎を副会長にしたのも、彼に期待したからです。でも、僕を守ろうとして光希は彼を生徒会から脱退させました。詳しいことは話せません……ごめんなさい。でも……脱退はβだからと差別したからじゃない。僕は……光希と共に少しずつ学園内にある差別を無くしていきたいです」

ドクン、とまた心臓が跳ねる。身体がどんどん熱くなってくる。息も苦しくなってきた。
これは緊張?緊張のはずだ。そうだよね。
でも……この感覚。不安になってしまう。
覚えがある。この症状、まさか。

「生徒会長として、光希が相応しいかどうかは、僕よりもみんなの方がご存知だと思います。だから、どうか……彼を疑わないで欲しいです……っ」

まさか、……?
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