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10 呼び名に込めるのは祈り。

初めて

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(side夏向)
光希から、離れようと真剣に思ってた。
そして今でもそれは変わらない。彼の輝かしい真っ直ぐな人生の中で僕は汚点にしかならないだろう。
期間は短いけれど……ひとりの生徒として生徒会長は光希の方がいい。僕はそう思ったから。
第二性で差別しない、Ωである僕にちゃんと目を見て会話してくれるのは僕が運命ってだけではないと思う。ふとした仕草で現れる彼の人柄が生徒会長に相応しいと思った。

けれどもそんな人が僕に『そばにいて』と涙を流しながら希うのは何故だろう。
好き、僕も光希が……生徒会長が好きだよ。

最初は本気で離れようと思ったけれど……今でも『生徒会長』と呼ぶのは僕のささやかな祈り。

『みっくんの味方でいてくれる?』

藍先輩の言葉を思い出す。あの時は答えられなかった問い。
光希の、味方。愛して欲しいと切に願った兄様の敵。
それに答えるなら兄様を裏切ることになる。

「兄様より愛してくれるなら……いいよ。僕はあんたの味方だ」

それでも、僕のために頑張ってくれる運命の人を、僕は裏切りたくなかった。

ふと、追風の話になって僕は昔を思い出した。ベッドでふたり、僕は光希に体重を預けるようにして寝転がっている。光希とは違い僕の服は乱れているけれど……この場には光希しかいないからいいかな。

「ねえ、生徒会長」
「なぁに?」
「僕と追風の出会いについて……聞いて欲しいんだ」

光希は真剣に頷いてくれた。
だから僕も更に言葉を続けようとした、その時。

僕のスマホの音が鳴り響いた。

振動とともに、着信を知らせてくるポケットの中のスマホを僕は急いで取り出す。
ドクン、と心臓が跳ねた。このスマホは光希から貰ったものだから、まだ登録している番号は少ない。そして案の定それはまだ登録されていない番号だ。
けれども分かる。この数字列だけは……。
何故僕のスマホの番号を知っているのか分からないけれど。
けれども個人情報などがよく流出する現代社会だ。方法は幾らでもあるのだろう。

ごくん、と唾を飲み込んだ。
これ、兄様の番号だ。

「誰?」

光希が僕に聞いてくる。僕は答えることが出来なくて小さく震えていた。唇は閉じられて、手は光希の服をぐっと皺になるくらい掴む。
出てしまったら、きっと僕は兄様には逆らえない。ブラックホールじみた引力に引き寄せられて光希を裏切ってしまう。
さっき覚悟をきめたばかりなんだ。
そんな僕の様子を察してか、光希は僕の頭を撫でた。

「彼なんだね?」
「……でま、せん。今はあんたと話したい」

そう優しくフェロモンを出されると身体の力が抜けて落ち着いてしまう。
僕は目をつぶりながら通話拒否のボタンを押した。
はあ、はあと息切れをしながら光希に寄りかかる。今日はこのまま寝てしまいたいくらい疲れたけれど……それでも、これだけは話しておきたかった。

「追風と出会ったのは僕が12歳の時。母様の葬式の時に出会ったんだ」

それまではずっと僕は母様とふたり暮しだった。僕たちの生活費を稼ぐために、たまに居なくなるけれど……何をして稼いでいたかは知らないふりをしていた。

「質問したことはないけれど……察してはいたよ。子持ちのΩがたったひとりでお金を稼ぐ方法としてはこれが一番現実的な方法だ」
「……誰かに抱かれて稼いでいたってこと?」
「うん。そうだよ」

母様は日に日に衰弱していった。αから、一方的に番の契約破棄されたΩはそう長くは生きられないから。二年もっただけ、まだ長生きだったと思う。
母様が死んで……葬式ではずっと僕はぼんやりしていた。まるで心がどこか遠い場所にいるみたいに。逃避していたのかな、母様がいないという現実から目を逸らしていたから、あの日のことは薄ぼんやりだ。

そんな僕に話しかけたのは追風だった。

兄様も父様も勿論葬式に来なかった。
追風は兄様や父様の代わり、だった。
当時12歳のΩの僕からすれば……彼はとても長身にみえた。全身黒のスーツを着ていたが、手首はやけに細かった。
彼は、笑わなかった。淡々と、言葉を述べる様子はまるで機械的なロボットだ。

「怖かった。殺戮兵器みたいにみえて……。彼を前に震えてた」

母様が死んだこと、そして僕のこれからのことを追風は無表情で語った。
何も無かった僕に……右代家、つまり兄様や父様は与えてくれること。綺麗な部屋に食事、ちょっとしたお小遣い……学費、そして抑制剤。けれども、それと引き換えに僕は仕事をこなさなければいけないことを。

「最初の仕事は、右代と深い繋がりがあった名鏡めいきょう家の当主の殺害だった。……彼のことは知ってる?」
「確か事故で死んだって……ニュースで見たことはあるかな」
「それは、僕が殺したんだ」

まだ僕が右代夏向だった時に交流があって……僕に優しく接してくれた人だ。忙しい両親の代わりに……たまに兄弟で遊園地なんかにも連れてってくれた人なんだよ。

『嫌だ』ってまだ現実を理解していない僕は追風に抗議した。
そして彼は、一言。

「『死にたいのですか』って」

冗談でもなんでもない。本気の殺気に僕は怯えた。まだ生に対して執着があった僕は標的の………名鏡さんの殺害を決意した。

「追風が教えてくれたんだよ。Ωにしか使えない……αの殺し方、誘惑して殺すという方法を」

それしか殺す手段を知らない僕は、発情期に合わせて誘い込み、彼のベッドに潜り込んだ。

けれど、僕は殺せなかった。

発情期は訳が分からなくなって……自分の熱を発散することしか考えられなくなる。殺害とか、すっぽり頭から抜け落ちた僕は、ただ彼に抱かれて発情期を終わらせた。

「僕の、初めての相手だ」


ーーー
最近描いた絵です。



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