65 / 110
10 呼び名に込めるのは祈り。
初めて
しおりを挟む
(side夏向)
光希から、離れようと真剣に思ってた。
そして今でもそれは変わらない。彼の輝かしい真っ直ぐな人生の中で僕は汚点にしかならないだろう。
期間は短いけれど……ひとりの生徒として生徒会長は光希の方がいい。僕はそう思ったから。
第二性で差別しない、Ωである僕にちゃんと目を見て会話してくれるのは僕が運命ってだけではないと思う。ふとした仕草で現れる彼の人柄が生徒会長に相応しいと思った。
けれどもそんな人が僕に『そばにいて』と涙を流しながら希うのは何故だろう。
好き、僕も光希が……生徒会長が好きだよ。
最初は本気で離れようと思ったけれど……今でも『生徒会長』と呼ぶのは僕のささやかな祈り。
『みっくんの味方でいてくれる?』
藍先輩の言葉を思い出す。あの時は答えられなかった問い。
光希の、味方。愛して欲しいと切に願った兄様の敵。
それに答えるなら兄様を裏切ることになる。
「兄様より愛してくれるなら……いいよ。僕はあんたの味方だ」
それでも、僕のために頑張ってくれる運命の人を、僕は裏切りたくなかった。
ふと、追風の話になって僕は昔を思い出した。ベッドでふたり、僕は光希に体重を預けるようにして寝転がっている。光希とは違い僕の服は乱れているけれど……この場には光希しかいないからいいかな。
「ねえ、生徒会長」
「なぁに?」
「僕と追風の出会いについて……聞いて欲しいんだ」
光希は真剣に頷いてくれた。
だから僕も更に言葉を続けようとした、その時。
僕のスマホの音が鳴り響いた。
振動とともに、着信を知らせてくるポケットの中のスマホを僕は急いで取り出す。
ドクン、と心臓が跳ねた。このスマホは光希から貰ったものだから、まだ登録している番号は少ない。そして案の定それはまだ登録されていない番号だ。
けれども分かる。この数字列だけは……。
何故僕のスマホの番号を知っているのか分からないけれど。
けれども個人情報などがよく流出する現代社会だ。方法は幾らでもあるのだろう。
ごくん、と唾を飲み込んだ。
これ、兄様の番号だ。
「誰?」
光希が僕に聞いてくる。僕は答えることが出来なくて小さく震えていた。唇は閉じられて、手は光希の服をぐっと皺になるくらい掴む。
出てしまったら、きっと僕は兄様には逆らえない。ブラックホールじみた引力に引き寄せられて光希を裏切ってしまう。
さっき覚悟をきめたばかりなんだ。
そんな僕の様子を察してか、光希は僕の頭を撫でた。
「彼なんだね?」
「……でま、せん。今はあんたと話したい」
そう優しくフェロモンを出されると身体の力が抜けて落ち着いてしまう。
僕は目をつぶりながら通話拒否のボタンを押した。
はあ、はあと息切れをしながら光希に寄りかかる。今日はこのまま寝てしまいたいくらい疲れたけれど……それでも、これだけは話しておきたかった。
「追風と出会ったのは僕が12歳の時。母様の葬式の時に出会ったんだ」
それまではずっと僕は母様とふたり暮しだった。僕たちの生活費を稼ぐために、たまに居なくなるけれど……何をして稼いでいたかは知らないふりをしていた。
「質問したことはないけれど……察してはいたよ。子持ちのΩがたったひとりでお金を稼ぐ方法としてはこれが一番現実的な方法だ」
「……誰かに抱かれて稼いでいたってこと?」
「うん。そうだよ」
母様は日に日に衰弱していった。αから、一方的に番の契約破棄されたΩはそう長くは生きられないから。二年もっただけ、まだ長生きだったと思う。
母様が死んで……葬式ではずっと僕はぼんやりしていた。まるで心がどこか遠い場所にいるみたいに。逃避していたのかな、母様がいないという現実から目を逸らしていたから、あの日のことは薄ぼんやりだ。
そんな僕に話しかけたのは追風だった。
兄様も父様も勿論葬式に来なかった。
追風は兄様や父様の代わり、だった。
当時12歳のΩの僕からすれば……彼はとても長身にみえた。全身黒のスーツを着ていたが、手首はやけに細かった。
彼は、笑わなかった。淡々と、言葉を述べる様子はまるで機械的なロボットだ。
「怖かった。殺戮兵器みたいにみえて……。彼を前に震えてた」
母様が死んだこと、そして僕のこれからのことを追風は無表情で語った。
何も無かった僕に……右代家、つまり兄様や父様は与えてくれること。綺麗な部屋に食事、ちょっとしたお小遣い……学費、そして抑制剤。けれども、それと引き換えに僕は仕事をこなさなければいけないことを。
「最初の仕事は、右代と深い繋がりがあった名鏡家の当主の殺害だった。……彼のことは知ってる?」
「確か事故で死んだって……ニュースで見たことはあるかな」
「それは、僕が殺したんだ」
まだ僕が右代夏向だった時に交流があって……僕に優しく接してくれた人だ。忙しい両親の代わりに……たまに兄弟で遊園地なんかにも連れてってくれた人なんだよ。
『嫌だ』ってまだ現実を理解していない僕は追風に抗議した。
そして彼は、一言。
「『死にたいのですか』って」
冗談でもなんでもない。本気の殺気に僕は怯えた。まだ生に対して執着があった僕は標的の………名鏡さんの殺害を決意した。
「追風が教えてくれたんだよ。Ωにしか使えない……αの殺し方、誘惑して殺すという方法を」
それしか殺す手段を知らない僕は、発情期に合わせて誘い込み、彼のベッドに潜り込んだ。
けれど、僕は殺せなかった。
発情期は訳が分からなくなって……自分の熱を発散することしか考えられなくなる。殺害とか、すっぽり頭から抜け落ちた僕は、ただ彼に抱かれて発情期を終わらせた。
「僕の、初めての相手だ」
ーーー
最近描いた絵です。
光希から、離れようと真剣に思ってた。
そして今でもそれは変わらない。彼の輝かしい真っ直ぐな人生の中で僕は汚点にしかならないだろう。
期間は短いけれど……ひとりの生徒として生徒会長は光希の方がいい。僕はそう思ったから。
第二性で差別しない、Ωである僕にちゃんと目を見て会話してくれるのは僕が運命ってだけではないと思う。ふとした仕草で現れる彼の人柄が生徒会長に相応しいと思った。
けれどもそんな人が僕に『そばにいて』と涙を流しながら希うのは何故だろう。
好き、僕も光希が……生徒会長が好きだよ。
最初は本気で離れようと思ったけれど……今でも『生徒会長』と呼ぶのは僕のささやかな祈り。
『みっくんの味方でいてくれる?』
藍先輩の言葉を思い出す。あの時は答えられなかった問い。
光希の、味方。愛して欲しいと切に願った兄様の敵。
それに答えるなら兄様を裏切ることになる。
「兄様より愛してくれるなら……いいよ。僕はあんたの味方だ」
それでも、僕のために頑張ってくれる運命の人を、僕は裏切りたくなかった。
ふと、追風の話になって僕は昔を思い出した。ベッドでふたり、僕は光希に体重を預けるようにして寝転がっている。光希とは違い僕の服は乱れているけれど……この場には光希しかいないからいいかな。
「ねえ、生徒会長」
「なぁに?」
「僕と追風の出会いについて……聞いて欲しいんだ」
光希は真剣に頷いてくれた。
だから僕も更に言葉を続けようとした、その時。
僕のスマホの音が鳴り響いた。
振動とともに、着信を知らせてくるポケットの中のスマホを僕は急いで取り出す。
ドクン、と心臓が跳ねた。このスマホは光希から貰ったものだから、まだ登録している番号は少ない。そして案の定それはまだ登録されていない番号だ。
けれども分かる。この数字列だけは……。
何故僕のスマホの番号を知っているのか分からないけれど。
けれども個人情報などがよく流出する現代社会だ。方法は幾らでもあるのだろう。
ごくん、と唾を飲み込んだ。
これ、兄様の番号だ。
「誰?」
光希が僕に聞いてくる。僕は答えることが出来なくて小さく震えていた。唇は閉じられて、手は光希の服をぐっと皺になるくらい掴む。
出てしまったら、きっと僕は兄様には逆らえない。ブラックホールじみた引力に引き寄せられて光希を裏切ってしまう。
さっき覚悟をきめたばかりなんだ。
そんな僕の様子を察してか、光希は僕の頭を撫でた。
「彼なんだね?」
「……でま、せん。今はあんたと話したい」
そう優しくフェロモンを出されると身体の力が抜けて落ち着いてしまう。
僕は目をつぶりながら通話拒否のボタンを押した。
はあ、はあと息切れをしながら光希に寄りかかる。今日はこのまま寝てしまいたいくらい疲れたけれど……それでも、これだけは話しておきたかった。
「追風と出会ったのは僕が12歳の時。母様の葬式の時に出会ったんだ」
それまではずっと僕は母様とふたり暮しだった。僕たちの生活費を稼ぐために、たまに居なくなるけれど……何をして稼いでいたかは知らないふりをしていた。
「質問したことはないけれど……察してはいたよ。子持ちのΩがたったひとりでお金を稼ぐ方法としてはこれが一番現実的な方法だ」
「……誰かに抱かれて稼いでいたってこと?」
「うん。そうだよ」
母様は日に日に衰弱していった。αから、一方的に番の契約破棄されたΩはそう長くは生きられないから。二年もっただけ、まだ長生きだったと思う。
母様が死んで……葬式ではずっと僕はぼんやりしていた。まるで心がどこか遠い場所にいるみたいに。逃避していたのかな、母様がいないという現実から目を逸らしていたから、あの日のことは薄ぼんやりだ。
そんな僕に話しかけたのは追風だった。
兄様も父様も勿論葬式に来なかった。
追風は兄様や父様の代わり、だった。
当時12歳のΩの僕からすれば……彼はとても長身にみえた。全身黒のスーツを着ていたが、手首はやけに細かった。
彼は、笑わなかった。淡々と、言葉を述べる様子はまるで機械的なロボットだ。
「怖かった。殺戮兵器みたいにみえて……。彼を前に震えてた」
母様が死んだこと、そして僕のこれからのことを追風は無表情で語った。
何も無かった僕に……右代家、つまり兄様や父様は与えてくれること。綺麗な部屋に食事、ちょっとしたお小遣い……学費、そして抑制剤。けれども、それと引き換えに僕は仕事をこなさなければいけないことを。
「最初の仕事は、右代と深い繋がりがあった名鏡家の当主の殺害だった。……彼のことは知ってる?」
「確か事故で死んだって……ニュースで見たことはあるかな」
「それは、僕が殺したんだ」
まだ僕が右代夏向だった時に交流があって……僕に優しく接してくれた人だ。忙しい両親の代わりに……たまに兄弟で遊園地なんかにも連れてってくれた人なんだよ。
『嫌だ』ってまだ現実を理解していない僕は追風に抗議した。
そして彼は、一言。
「『死にたいのですか』って」
冗談でもなんでもない。本気の殺気に僕は怯えた。まだ生に対して執着があった僕は標的の………名鏡さんの殺害を決意した。
「追風が教えてくれたんだよ。Ωにしか使えない……αの殺し方、誘惑して殺すという方法を」
それしか殺す手段を知らない僕は、発情期に合わせて誘い込み、彼のベッドに潜り込んだ。
けれど、僕は殺せなかった。
発情期は訳が分からなくなって……自分の熱を発散することしか考えられなくなる。殺害とか、すっぽり頭から抜け落ちた僕は、ただ彼に抱かれて発情期を終わらせた。
「僕の、初めての相手だ」
ーーー
最近描いた絵です。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【本編完結】運命の番〜バニラとりんごの恋〜
みかん桜(蜜柑桜)
BL
バース検査でオメガだった岩清水日向。オメガでありながら身長が高いことを気にしている日向は、ベータとして振る舞うことに。
早々に恋愛も結婚も諦ていたのに、高校で運命の番である光琉に出会ってしまった。戸惑いながらも光琉の深い愛で包みこまれ、自分自身を受け入れた日向が幸せになるまでの話。
***オメガバースの説明無し。独自設定のみ説明***オメガが迫害されない世界です。ただただオメガが溺愛される話が読みたくて書き始めました。
【続篇完結】第四皇子のつがい婚―年下皇子は白百合の香に惑う―
熾月あおい
BL
嶌国の第四皇子・朱燎琉(α)は、貴族の令嬢との婚約を前に、とんでもない事故を起こしてしまう。発情して我を失くし、国府に勤める官吏・郭瓔偲(Ω)を無理矢理つがいにしてしまったのだ。
その後、Ωの地位向上政策を掲げる父皇帝から命じられたのは、郭瓔偲との婚姻だった。
納得いかないながらも瓔偲に会いに行った燎琉は、そこで、凛とした空気を纏う、うつくしい官吏に引き合わされる。漂うのは、甘く高貴な白百合の香り――……それが燎琉のつがい、瓔偲だった。
戸惑いながらも瓔偲を殿舎に迎えた燎琉だったが、瓔偲の口から思ってもみなかったことを聞かされることになる。
「私たちがつがってしまったのは、もしかすると、皇太子位に絡んだ陰謀かもしれない。誰かの陰謀だとわかれば、婚約解消を皇帝に願い出ることもできるのではないか」
ふたりは調査を開始するが、ともに過ごすうちに燎琉は次第に瓔偲に惹かれていって――……?
※「*」のついた話はR指定です、ご注意ください。
※第11回BL小説大賞エントリー中。応援いただけると嬉しいです!
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
これがおれの運命なら
やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。
※オメガバース。Ωに厳しめの世界。
※性的表現あり。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる