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6 αとΩの関係は、飼い主とペットの関係なのか。

希望

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(side夏向)
分かってはいたが、やはり高級車だった。運転席には既に専属の運転手が待機していた。
後部座席に僕と十夜さん、そして光希のお母さんである結里ゆうりさんも『十夜さんだけずるい!私も夏向くんと一緒に行きたい』と言って一緒に車に乗ってくれることになった。
実は一昨日、十夜さんに挨拶をした直後、結里さんにも挨拶をした。彼女も僕を歓迎してくれて、そして充分に甘やかしてくれた。抱いた印象は愛嬌があって優しい人だなって思った。お菓子を沢山用意してくれたし……遠慮してあまり食べなかったけれど、もうちょっと食べたいなって思ったら、まんまと見抜かれた。
純粋で、綺麗で……結里さんは僕とは程遠いなと感じてしまう。

ふと、気がつく。
今日は学園の創立記念日で休みだけど、世間的には平日だ。少し気になってしまった。

「あの、今更聞くのも遅いと思うんですけど……お仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ。心配不要だ。光希が帰ってくると知って、三連休の休みを取ったからね。社長だから多少の融通はきくんだよ。また明日から馬車馬のように働くさ」
「あなた、無理しすぎたらダーメ。来週に予定してる私の発情期も休みをとるんでしょ?」
「結里にはかなわないなぁ、私のことをなんでも知ってる」

そう言って、十夜さんは結里さんの項にキスを送った。僕はそれを良いなぁ、なんて憧れの目で見てしまう。ちょっと前までは、僕はこういう未来をこれっぽっちも考えなかった。望んだら、現実に絶望してしまうから……手に届かないものとして、見ないふりをしていた。

「あんまり私たちだけで話をしていると、夏向くんが萎縮してしまうわよ」
「えっと……ふたりは仲良しなんですね」
「当然、妻も好きだけど……息子たちも可愛くて仕方がないよ。夏向くん、実は光希の上にもうひとり私たちの息子がいるんだ」
「え、そうなんですか?」

光希の兄弟。それは初耳だった。しかも光希って次男だったんだ。てっきり仕事を任されているって聞いたから、長男だと思ってた。

「Ωなんだけどね。光希と一緒。早めにこの家を出ていってしまったんだ。今は光希以上に実家に帰ってこないよ」
「Ω……。それは追い出したんじゃなくて?」
「ああ、夏向くんの家は差別主義だったんだね。私たちはどんな第二性であろうと愛するつもりだったよ。でも、世間はΩを差別の目で見る。光希の兄、幸輝(こうき)も、そんな目に耐えられなくなってしまったんだよ」
「……」

それは、分からなくもない。世間はΩでは無くて、αを優先する。そんな中で、優先されるΩは、αの庇護にあるΩだけだ。
どんなに家族が平等に接していたって……いや、接していたからこそ、その愛情が辛いんだろう。劣っていると周りから言われた自分が、平等の愛情を注がれても混乱してしまうから。
それでも、僕は非情なのかもしれない。だって羨ましいと思ってしまった。
いいな、僕の家族もそうだったら良かった。
本人の苦悩は、本人にしか分からない。僕はそれを無視して『羨ましい』と思うのだから……それはいけないことなのだろう。

「まあ、元々、芸術家気質で変わり者なの。私も跡をつぐのは向かないと思ったわ」
「本人も望んでなかったしな。幸輝は光希のことが嫌いだったけれど……でも幸輝の為にも光希が生まれてよかったと思ってる。ほら、幸輝より光希の方が七世を継ぐのに向いているから」
「なるほど……僕にとっても、光希が生まれてきてくれてよかったです」

掠れた声で、捻り出した僕の言葉に、ふたりは顔を見合わせて、そして『ふふ』と笑った。

「夏向くんも、生まれてきてくれてありがとう」
「そうよ。私たちは家族なんだから」

優しく左右でふたりに抱きつかれて、僕は目を見開いた。正直、ちょっと暑い……けれど、きっと熱いくらいの愛が、ちょうど良いんだろう。

「光希はきっと運命に固執する。あいつは私譲りなんだ。どうかその愛情を少しずつでも受け止めてあげて欲しい」
「いえ、寧ろ貰ってばっかりで、良いのかなって。きっと僕はその手を離されたら生きていけない。呼吸が出来なくて、溺れてしまうから……ここまで来たらもう、後戻りが出来ないんです。光希に見限られたら……僕は」

肩が震えた。どこからか混み上がる熱。

「だから僕は愛される努力をしなくちゃ」

社会的に立場の弱いΩの最大の幸せは、αの庇護になる事だ。でも関係が一方的なんだ。αの気まぐれ次第で、いくらでもΩを捨てられる。番関係だってαが一方的に解消することだって可能だ。
だから、実際に僕がその立場になったら……どうか嫌わないでと請いたくなる。
愛情が、当たり前だと思えない。永久だと信じられない。

だって今日だって光希が居ないだけで寂しいんだ。
気がつけば視界が歪んで、涙が出た。十夜さんたちの温もりが、やっぱり暑すぎたのだろう。
心を溶かすのには充分だ。

「僕は……愛されたい、です。強烈に永久に……光希になら、支配されたい。置いていかないで欲しいです。ごめん、ごめんなさい。光希」

『大丈夫よ』と声が聞こえて、そして光希なら今更だし、僕自身も大丈夫だと思った。僕の首にチョーカーが絡みつく。仮初だけれど……僕は光希のものだっていう証は、今ちゃんと首にある。
光希の言葉をもう何度も疑いたくない。
殺そうとした僕を『愛してる』と何度も諦めなかった光希だから……僕もその手を取ったんだ。

これは、ほんとうに僕の心の問題。心の隙間を、埋められるのは光希だけだ。
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