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4 幸せに成れない人間は幸せに慣れない 。
決意
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(side光希)
目を覚ますと、夏向はいなかった。確かにベッドに下ろして隣で寝ていたはずだ。枕元に俺が着せた寝間着が畳んであって、制服が無いのは、既に彼が自分で起きて着替えた証だろう。
部屋中を探してみたがやはり何処にも夏向はいなかった。
机の上にメモを見かけたけれど、『もう会えない。ごめん』とだけ書いてあった。
頼む、せめて寮に戻っててくれ……なんて願ったけど予想通りそこにもいなくて。
夏向は、俺の前から姿を消した。寮に着替えの荷物も置きっぱなしだった。ただ着の身着のままで出ていったんだ。
連絡先は知らない。前にアドレスを聞こうとしたが、スマホ自体持ってないと言われていた。
夏向の行方が知りたくて、生徒会長の権限で学園内の監視カメラを調べたら、ちゃんと彼の姿が映っていた。
夏向は制服のまま学園の外に出ていた。
休日に外に出るには届出がいるけれど、夏向の届出は無い。早朝、人通りの少ない時間に夏向は無断で学園の校門を出ていた。
もちろん、俺の家の者を総動員し、夏向を探す。制服のままで無断で学園を出るなんて明らかに異常事態だろう。ただえさえ五羽都の制服は狙われやすいというのに。
俺は本当に何も分かっていなかった愚か者だ。夏向に向かって手を伸ばすくせに……本気で夏向を引き上げる気が無かったのかもしれない。いや、正確には、それくらいなら俺にも出来るとどこか楽観視していた。本当はもっと、もっと根が深いのだ。
それは夏向の心に住み着く闇も、夏向が背負っている宿命も。
一昨日、食堂で夏向は壮一郎と一緒にいた。そこで俺は彼のことを警戒していても良かった。
昨日のアレは、俺が察していれば防げたことなんだ。
壮一郎が暴力団の出身だということは副会長就任時に知ってはいた。俺は親しくなるであろう人物は調べる癖がある。でも、当時はそれだけだった。最初は警戒はしていたが、俺に殺意が無いことに気付き、警戒を緩めた。
右代と暴力団の、植物の根よりも深い繋がりが分かったのは、夏向のことを調べた時。
そして、夏向と壮一郎の繋がりが分かったのは昨日だ。
そこでパズルピースは揃ったのに、馬鹿な俺は揃ったことに気付かなかった。
俺は馬鹿野郎だ。きっと求め合う運命に胡座をかいていたのかもしれない。どうにかなるって。俺たちは結ばれる運命だって。
色素の薄い瞳が俺を見る度心が踊る。俺の傍から離れただけで、心のいちぶを抉られたような気分だ。
笑って、俺だけを見て……そしてふたりで幸せになりたい。夏向は俺の運命だから。
出会った時にそう感じた。初夏の木漏れ日のような光だと。
時間が経つにつれて、更に運命を願う気持ちが強くなる。諦めながら生きている夏向が、俺だけを見てくれたら……どれだけ嬉しいのだろう。
夏向の用意してくれた料理は美味しかった。確かに、もっと贅沢なものは食べている。それでもこれは、夏向が俺のために作ってくれたものだ。味は少し濃いめ、俺がそうお願いしたら夏向は希望通りに作ってくれた。
好きな人の手料理りは憧れだった。それが実現するなんて文字通り至福のひと時を味わった。
あの時……俺は確かに、幸せだった。当たり前のように、明日もこの幸福が続くと思っていた。
そうやって、幸せを積み重ねていけたらいいな、なんて俺は浮かれていた。
「夏向……」
悔しくて、空中で名前を呼ぶ。悲しんでいる場合では無いことは知っているが、どうしても祈らずにはいられない。
夏向を見つけること以外に、やるべきことは、ある。こう見えて、俺は七世の跡取りだ。任されている事業もあるし……いや、俺ひとりで解決するのも限界があるか。本気でやると決意したばかりだ。文字通り、俺のすべて。そして、それ以上。
そうだ、ならば七世の当主である父上の手を借りるのも手……か。
右代は夏向を縛り付けている。彼を解放するにはまず右代をどうにかしなければ。
頼めば父上も手を貸してくれるだろう。七世にとって右代はライバル企業、しかも右代の噂はあまり良く無かったりする。
『最近右代が勢いに乗ったのは、彼らにとって都合の悪い人物を殺した』とか、『破滅させた』とかだ。
ああ、実際にそれをしていたのは夏向だし、今となっては噂では無いか。
そうだな……その右代を追い詰めるためというなら、父上にとっても旨みがある。
やってやろう。俺がαとして能力も家柄も恵まれ七世に生まれたのはきっと夏向の為だから。
多忙な父上に連絡を入れようとスマホを取り出した時だった。
プルルルルル…
丁度電話がかかってきた。
その相手にぎょっとして、すぐさま通話ボタンを押す。
「もしもし、生徒会長っすか?」
凪壮一郎。昨日の事件の張本人だ。
目を覚ますと、夏向はいなかった。確かにベッドに下ろして隣で寝ていたはずだ。枕元に俺が着せた寝間着が畳んであって、制服が無いのは、既に彼が自分で起きて着替えた証だろう。
部屋中を探してみたがやはり何処にも夏向はいなかった。
机の上にメモを見かけたけれど、『もう会えない。ごめん』とだけ書いてあった。
頼む、せめて寮に戻っててくれ……なんて願ったけど予想通りそこにもいなくて。
夏向は、俺の前から姿を消した。寮に着替えの荷物も置きっぱなしだった。ただ着の身着のままで出ていったんだ。
連絡先は知らない。前にアドレスを聞こうとしたが、スマホ自体持ってないと言われていた。
夏向の行方が知りたくて、生徒会長の権限で学園内の監視カメラを調べたら、ちゃんと彼の姿が映っていた。
夏向は制服のまま学園の外に出ていた。
休日に外に出るには届出がいるけれど、夏向の届出は無い。早朝、人通りの少ない時間に夏向は無断で学園の校門を出ていた。
もちろん、俺の家の者を総動員し、夏向を探す。制服のままで無断で学園を出るなんて明らかに異常事態だろう。ただえさえ五羽都の制服は狙われやすいというのに。
俺は本当に何も分かっていなかった愚か者だ。夏向に向かって手を伸ばすくせに……本気で夏向を引き上げる気が無かったのかもしれない。いや、正確には、それくらいなら俺にも出来るとどこか楽観視していた。本当はもっと、もっと根が深いのだ。
それは夏向の心に住み着く闇も、夏向が背負っている宿命も。
一昨日、食堂で夏向は壮一郎と一緒にいた。そこで俺は彼のことを警戒していても良かった。
昨日のアレは、俺が察していれば防げたことなんだ。
壮一郎が暴力団の出身だということは副会長就任時に知ってはいた。俺は親しくなるであろう人物は調べる癖がある。でも、当時はそれだけだった。最初は警戒はしていたが、俺に殺意が無いことに気付き、警戒を緩めた。
右代と暴力団の、植物の根よりも深い繋がりが分かったのは、夏向のことを調べた時。
そして、夏向と壮一郎の繋がりが分かったのは昨日だ。
そこでパズルピースは揃ったのに、馬鹿な俺は揃ったことに気付かなかった。
俺は馬鹿野郎だ。きっと求め合う運命に胡座をかいていたのかもしれない。どうにかなるって。俺たちは結ばれる運命だって。
色素の薄い瞳が俺を見る度心が踊る。俺の傍から離れただけで、心のいちぶを抉られたような気分だ。
笑って、俺だけを見て……そしてふたりで幸せになりたい。夏向は俺の運命だから。
出会った時にそう感じた。初夏の木漏れ日のような光だと。
時間が経つにつれて、更に運命を願う気持ちが強くなる。諦めながら生きている夏向が、俺だけを見てくれたら……どれだけ嬉しいのだろう。
夏向の用意してくれた料理は美味しかった。確かに、もっと贅沢なものは食べている。それでもこれは、夏向が俺のために作ってくれたものだ。味は少し濃いめ、俺がそうお願いしたら夏向は希望通りに作ってくれた。
好きな人の手料理りは憧れだった。それが実現するなんて文字通り至福のひと時を味わった。
あの時……俺は確かに、幸せだった。当たり前のように、明日もこの幸福が続くと思っていた。
そうやって、幸せを積み重ねていけたらいいな、なんて俺は浮かれていた。
「夏向……」
悔しくて、空中で名前を呼ぶ。悲しんでいる場合では無いことは知っているが、どうしても祈らずにはいられない。
夏向を見つけること以外に、やるべきことは、ある。こう見えて、俺は七世の跡取りだ。任されている事業もあるし……いや、俺ひとりで解決するのも限界があるか。本気でやると決意したばかりだ。文字通り、俺のすべて。そして、それ以上。
そうだ、ならば七世の当主である父上の手を借りるのも手……か。
右代は夏向を縛り付けている。彼を解放するにはまず右代をどうにかしなければ。
頼めば父上も手を貸してくれるだろう。七世にとって右代はライバル企業、しかも右代の噂はあまり良く無かったりする。
『最近右代が勢いに乗ったのは、彼らにとって都合の悪い人物を殺した』とか、『破滅させた』とかだ。
ああ、実際にそれをしていたのは夏向だし、今となっては噂では無いか。
そうだな……その右代を追い詰めるためというなら、父上にとっても旨みがある。
やってやろう。俺がαとして能力も家柄も恵まれ七世に生まれたのはきっと夏向の為だから。
多忙な父上に連絡を入れようとスマホを取り出した時だった。
プルルルルル…
丁度電話がかかってきた。
その相手にぎょっとして、すぐさま通話ボタンを押す。
「もしもし、生徒会長っすか?」
凪壮一郎。昨日の事件の張本人だ。
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