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大好き
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その日の晩。彼は当然のように私のベッドに潜り込もうとしてきた。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
私は焦った。いくらなんでもそれはまずい。だって考えてもみてほしい。私が寝るときにいつも使っているベッドはシングルサイズ。そこに男の人と二人で入るなんて、どう考えたって無理がある。それに、昨日はお互い寝落ちしてしまったから仕方ないとしても、彼は一応異性なんだし、最初から一緒に寝るのは……それはなんか、だめな気がする。必死になって抵抗する私に、彼はきょとんとした顔をしている。
この人は自分が男だという自覚がないのか? それとも、まさか女なら誰でもいいとかいうタイプ!? そう思って彼のことをじっと見つめれば、やがて彼は寂しそうに眉を下げた。
ああもう、どうしてそんな捨てられた子犬みたいな目で見るんだろう。 無駄に顔がいいから困る。そんなふうにされたら、私が何も言えなくなることを知っているんだろうか。
(いやいやいや! 騙されちゃダメだよ、私!!)
ぶんぶんと首を振る。そうだ、この人のペースに乗せられてはいけない。ここは毅然とした態度を取らなければ。そう思うものの、やはり彼の悲しげな顔を見ると決心が揺らいでしまう。
しばらく悩んだ末、私は渋々折れることにした。まあでも、一晩だけだ。明日からは、ちゃんとソファで寝てもらおう。そう自分に言い聞かせて、私は彼に背を向けた。
次の瞬間、背中に温もりを感じた。驚いて振り返ると、いつの間にか彼が後ろから私を抱きすくめていた。そのままぎゅうっと腕に力を入れられて、耳元で囁かれる。
「ありがとうございます。……ゆかりさん、大好き」
そう言って、彼は静かに笑った。
(だ、大好きって? どういう意味……?)
混乱して、頭がくらくらしてくる。彼の言動はいちいち心臓に悪い。このままでは身が持たないかもしれない。彼の息遣いがすぐそばにある。心臓がどくんどくんと脈打つ音が聞こえてしまいそうなほどに近い距離だ。彼の体温が伝わってきて、触れ合ったところから溶けてしまうんじゃないかと思うくらいに熱くて、そこからじわじわと体が侵食されていくような感覚に陥る。混乱して頭がうまく回らない。こんなのまるで、私が彼を好きみたいじゃないか。そんなはずはない。これはきっと、突然知らない人に抱きしめられたことによる驚きのせいに違いない。
そう思いながらも、私はなかなか彼を振り払うことができず、ドキドキとうずく鼓動を感じながら、そっと目を閉じたのだった。
こうして、奇妙な共同生活が始まった。
正直、戸惑いがなかったと言えば嘘になる。でも、不思議なことに、彼との生活はそれほど嫌なものではなかった。翌朝、私が起きたら朝食を作りながらおはようございますと言われて、なんだかくすぐったい気持ちになった。朝ごはんを食べたら一緒にテレビを見て、少ししたら私はバイトに行って、帰ってくると彼がご飯を作って待っていてくれて、一緒に食べる。
お互い別におしゃべりではないので、食事のときもテレビを見るときも会話はそんなになかったが、それでも沈黙は決して気まずくなかった。なにより、家事を率先して行ってくれることが嬉しかった。掃除機をかけたり食器を洗ったりしてくれるだけでも助かるのだが、特に料理を作ってくれたときは驚いたものだ。どう見ても不器用そうなのに、彼は意外にも手際よく料理をこなしていく。しかも味はなかなか美味しいときてるんだから、文句のつけようがない。
「お家に置いてもらってるんですから、これくらい当たり前です」
彼はそう言って笑うけど、毎日作ってもらうなんて申し訳ない気持ちになってしまう。せめて洗い物くらいは自分でやると言ったけれど、彼はやんわりとそれを断った。
そういえば、洗濯物を干すときに下着を見られたこともあったっけ……。でもそれは事故みたいなものだったし、お互いに気にしないことに決めた。それに、さすがに自分のパンツを見られて恥ずかしかったとはいえ、あんなことで怒るのは大人げないし。というかそもそも、私自身は男の人の下着を見たところで何も感じたりなんかしないし。彼だってきっとそうだろう。……そう思いたい。
「ねえねえ、黒太郎くん。明日一緒に映画見に行かない?」
ある日の夜、私は彼にそう声をかけた。きっかけは、たまたまテレビで流れていた映画の予告映像。最近話題になっている恋愛映画だ。興味はあるけど、こういう映画を誘って一緒に見に行ってくれそうな友人はいないし、かと言って1人で映画館に行く勇気も出なくて、ずっと観れずにいた。だけど、ちょうど彼がいるんだから、誘ってみるしかないと思ったのだ。
彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔でこくりと首を縦に振った。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
私は焦った。いくらなんでもそれはまずい。だって考えてもみてほしい。私が寝るときにいつも使っているベッドはシングルサイズ。そこに男の人と二人で入るなんて、どう考えたって無理がある。それに、昨日はお互い寝落ちしてしまったから仕方ないとしても、彼は一応異性なんだし、最初から一緒に寝るのは……それはなんか、だめな気がする。必死になって抵抗する私に、彼はきょとんとした顔をしている。
この人は自分が男だという自覚がないのか? それとも、まさか女なら誰でもいいとかいうタイプ!? そう思って彼のことをじっと見つめれば、やがて彼は寂しそうに眉を下げた。
ああもう、どうしてそんな捨てられた子犬みたいな目で見るんだろう。 無駄に顔がいいから困る。そんなふうにされたら、私が何も言えなくなることを知っているんだろうか。
(いやいやいや! 騙されちゃダメだよ、私!!)
ぶんぶんと首を振る。そうだ、この人のペースに乗せられてはいけない。ここは毅然とした態度を取らなければ。そう思うものの、やはり彼の悲しげな顔を見ると決心が揺らいでしまう。
しばらく悩んだ末、私は渋々折れることにした。まあでも、一晩だけだ。明日からは、ちゃんとソファで寝てもらおう。そう自分に言い聞かせて、私は彼に背を向けた。
次の瞬間、背中に温もりを感じた。驚いて振り返ると、いつの間にか彼が後ろから私を抱きすくめていた。そのままぎゅうっと腕に力を入れられて、耳元で囁かれる。
「ありがとうございます。……ゆかりさん、大好き」
そう言って、彼は静かに笑った。
(だ、大好きって? どういう意味……?)
混乱して、頭がくらくらしてくる。彼の言動はいちいち心臓に悪い。このままでは身が持たないかもしれない。彼の息遣いがすぐそばにある。心臓がどくんどくんと脈打つ音が聞こえてしまいそうなほどに近い距離だ。彼の体温が伝わってきて、触れ合ったところから溶けてしまうんじゃないかと思うくらいに熱くて、そこからじわじわと体が侵食されていくような感覚に陥る。混乱して頭がうまく回らない。こんなのまるで、私が彼を好きみたいじゃないか。そんなはずはない。これはきっと、突然知らない人に抱きしめられたことによる驚きのせいに違いない。
そう思いながらも、私はなかなか彼を振り払うことができず、ドキドキとうずく鼓動を感じながら、そっと目を閉じたのだった。
こうして、奇妙な共同生活が始まった。
正直、戸惑いがなかったと言えば嘘になる。でも、不思議なことに、彼との生活はそれほど嫌なものではなかった。翌朝、私が起きたら朝食を作りながらおはようございますと言われて、なんだかくすぐったい気持ちになった。朝ごはんを食べたら一緒にテレビを見て、少ししたら私はバイトに行って、帰ってくると彼がご飯を作って待っていてくれて、一緒に食べる。
お互い別におしゃべりではないので、食事のときもテレビを見るときも会話はそんなになかったが、それでも沈黙は決して気まずくなかった。なにより、家事を率先して行ってくれることが嬉しかった。掃除機をかけたり食器を洗ったりしてくれるだけでも助かるのだが、特に料理を作ってくれたときは驚いたものだ。どう見ても不器用そうなのに、彼は意外にも手際よく料理をこなしていく。しかも味はなかなか美味しいときてるんだから、文句のつけようがない。
「お家に置いてもらってるんですから、これくらい当たり前です」
彼はそう言って笑うけど、毎日作ってもらうなんて申し訳ない気持ちになってしまう。せめて洗い物くらいは自分でやると言ったけれど、彼はやんわりとそれを断った。
そういえば、洗濯物を干すときに下着を見られたこともあったっけ……。でもそれは事故みたいなものだったし、お互いに気にしないことに決めた。それに、さすがに自分のパンツを見られて恥ずかしかったとはいえ、あんなことで怒るのは大人げないし。というかそもそも、私自身は男の人の下着を見たところで何も感じたりなんかしないし。彼だってきっとそうだろう。……そう思いたい。
「ねえねえ、黒太郎くん。明日一緒に映画見に行かない?」
ある日の夜、私は彼にそう声をかけた。きっかけは、たまたまテレビで流れていた映画の予告映像。最近話題になっている恋愛映画だ。興味はあるけど、こういう映画を誘って一緒に見に行ってくれそうな友人はいないし、かと言って1人で映画館に行く勇気も出なくて、ずっと観れずにいた。だけど、ちょうど彼がいるんだから、誘ってみるしかないと思ったのだ。
彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔でこくりと首を縦に振った。
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