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5章-4
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●○●
学校に通っている間のシャラとの思い出は、実はそんなに多くない。
まともに言葉を交わすようになったのはあのボールの一件のあとからだったし、そもそも同じクラスになったのは一年間だと思っていたが実は他にも三年同じ教室にいたらしく――つまり、昔はそのくらいの距離感だったのだ。
でもシャラのいいところはたくさん知っているつもりだとソーレイは思っている。
働きに出る母親に代わって家事をやり、父親の作る家具を磨き、妹や弟の世話をする。
年頃の娘が当たり前に興味を持つはやりの服やお菓子なんか全部我慢して生活に懸命で、苦しい暮らしぶりなんかちらりとも窺わせないほどいつもにこやかにしている。
計算が苦手でも自分で考えることをするし、ちょっと要領が悪くてもたつくこともあるが、手を貸せば頭を下げて礼を言える。
失敗したらきちんと謝る。
当たり前のことだけど、大事なことを、シャラは当たり前にできる子だ。
もしもシャラがそんな当たり前のことができない子で、思いやりもなく、笑顔もないような子だったら、さすがに騎士になって彼女を迎えにいこうなんて思わなかっただろう。
シャラのためだったから腹をくくって騎士を目指せた。
シャラのためだったから、厳しい鍛錬でも逃げずに踏ん張れた。
シャラでなければいけなかったのだ。
そんな肝心なことに、ソーレイは最近になって気がついた。
「……ん」
ソーレイは薄く目を開け、やたら重い身体を半分だけ起こした。
なんだかぼうっとしていた。
ソファの上に座っているのに手をつかねば半身すら起こせず、頭を振っても雲がまとわりついているような感覚がある。
そしてどうしてか妙に口の中が乾いていて、不快だった。
「はい、水」
「あ、ども」
タイミング良く差し出されたものを、ためらいもせずに飲み干す。
聞きなれた声だったから疑いもなく手を伸ばしたが、よくよく考えたら同じ状況でひどい目にあったばかりだ。
「っっっっっガッタ!」
「おはよう、ソーレイ。また素晴らしくマヌケな顔さらしてよく寝てたよ。ああ、涎が」
わざわざ気遣わしげな顔を見せる、親友だと信じていた男。
ソーレイはのどを伝うものが逆流しそうなほどの激情に襲われ、事務官の制服の詰襟を思いっきり掴みあげた。
「てめー、よくも毒なんか盛りやがったな!」
「だって放っといたら飛び出していっちゃうだろ、キミ。僕の腕力じゃ止められないもん」
「止めるな! 俺はシャラを……そうだ、こんな奴相手にしてる暇はない! シャラのとこに行かないと」
ガッタの身体と、脚にまとわりついた膝掛けをまとめて蹴飛ばして、ソーレイは軽々ソファを飛び越え行こうとした。
が、とたんに襟を掴まれ引き倒される。
「大丈夫だよ。あらかた話を聞き終えて、今別室で休んでる。監視付きだけど」
「監視付きって……疑いは晴れてないのかよ」
「全然。埒が明かないから中断しただけ。だって彼女、記憶にないの一点張りだもん」
「当たり前だ! そもそもシャラが偽造なんてするか!」
腰を浮かすソーレイに、「いちいちいきり立つのやめてくれる?」と、ルーサー事務官は冷ややかに言った。
「とりあえずキミと二人で話したいからわざわざこの状況作ったんだよ? 僕の努力をふいにしてもらっちゃ困る」
「何を話すんだよ」
「――彼女を陥れた犯人について」
あっさりと吐かれた言葉に、ソーレイは目を剥いた。
「……まさかキミ、本気で僕がシャラを疑ってると思った?」
うん――と、遠慮もなくソーレイが頷くと、ガッタは大仰な仕草でため息をついた。
「馬鹿だなあ。シャラが独断であんな上品な手紙書けるわけがないじゃないか。初日の失敗作、忘れたの?」
――覚えている。
子どもの交換日記みたいな拙い手紙。
確かに、偽造された手紙の内容は「交換日記」とはほど遠いものだった。
しかしシャラの名誉のため声に出して「そう」とは言えないソーレイを、ガッタは笑った。
「それに、あそこで一応僕が疑っておかなきゃ僕まで疑われちゃうじゃないか。彼女に指示出ししてたのは主に僕なんだし」
「だったら早く言え! あんな言い方されて、シャラ絶対傷ついてるだろ!」
「そんなのキミの胸で慰めてあげればいいじゃん。ま、そんな気概はないだろうけど」
「いつもながらヤな奴だな、おまえは」
「あはは、よく言われるよ」
陽気に笑い、しかし一瞬後にはその目に鋭い光を浮かべ、ガッタは例の偽造された手紙をテーブルの上に広げた。
ソーレイも表情を引き締め、改めてその手紙を注視する。
学校に通っている間のシャラとの思い出は、実はそんなに多くない。
まともに言葉を交わすようになったのはあのボールの一件のあとからだったし、そもそも同じクラスになったのは一年間だと思っていたが実は他にも三年同じ教室にいたらしく――つまり、昔はそのくらいの距離感だったのだ。
でもシャラのいいところはたくさん知っているつもりだとソーレイは思っている。
働きに出る母親に代わって家事をやり、父親の作る家具を磨き、妹や弟の世話をする。
年頃の娘が当たり前に興味を持つはやりの服やお菓子なんか全部我慢して生活に懸命で、苦しい暮らしぶりなんかちらりとも窺わせないほどいつもにこやかにしている。
計算が苦手でも自分で考えることをするし、ちょっと要領が悪くてもたつくこともあるが、手を貸せば頭を下げて礼を言える。
失敗したらきちんと謝る。
当たり前のことだけど、大事なことを、シャラは当たり前にできる子だ。
もしもシャラがそんな当たり前のことができない子で、思いやりもなく、笑顔もないような子だったら、さすがに騎士になって彼女を迎えにいこうなんて思わなかっただろう。
シャラのためだったから腹をくくって騎士を目指せた。
シャラのためだったから、厳しい鍛錬でも逃げずに踏ん張れた。
シャラでなければいけなかったのだ。
そんな肝心なことに、ソーレイは最近になって気がついた。
「……ん」
ソーレイは薄く目を開け、やたら重い身体を半分だけ起こした。
なんだかぼうっとしていた。
ソファの上に座っているのに手をつかねば半身すら起こせず、頭を振っても雲がまとわりついているような感覚がある。
そしてどうしてか妙に口の中が乾いていて、不快だった。
「はい、水」
「あ、ども」
タイミング良く差し出されたものを、ためらいもせずに飲み干す。
聞きなれた声だったから疑いもなく手を伸ばしたが、よくよく考えたら同じ状況でひどい目にあったばかりだ。
「っっっっっガッタ!」
「おはよう、ソーレイ。また素晴らしくマヌケな顔さらしてよく寝てたよ。ああ、涎が」
わざわざ気遣わしげな顔を見せる、親友だと信じていた男。
ソーレイはのどを伝うものが逆流しそうなほどの激情に襲われ、事務官の制服の詰襟を思いっきり掴みあげた。
「てめー、よくも毒なんか盛りやがったな!」
「だって放っといたら飛び出していっちゃうだろ、キミ。僕の腕力じゃ止められないもん」
「止めるな! 俺はシャラを……そうだ、こんな奴相手にしてる暇はない! シャラのとこに行かないと」
ガッタの身体と、脚にまとわりついた膝掛けをまとめて蹴飛ばして、ソーレイは軽々ソファを飛び越え行こうとした。
が、とたんに襟を掴まれ引き倒される。
「大丈夫だよ。あらかた話を聞き終えて、今別室で休んでる。監視付きだけど」
「監視付きって……疑いは晴れてないのかよ」
「全然。埒が明かないから中断しただけ。だって彼女、記憶にないの一点張りだもん」
「当たり前だ! そもそもシャラが偽造なんてするか!」
腰を浮かすソーレイに、「いちいちいきり立つのやめてくれる?」と、ルーサー事務官は冷ややかに言った。
「とりあえずキミと二人で話したいからわざわざこの状況作ったんだよ? 僕の努力をふいにしてもらっちゃ困る」
「何を話すんだよ」
「――彼女を陥れた犯人について」
あっさりと吐かれた言葉に、ソーレイは目を剥いた。
「……まさかキミ、本気で僕がシャラを疑ってると思った?」
うん――と、遠慮もなくソーレイが頷くと、ガッタは大仰な仕草でため息をついた。
「馬鹿だなあ。シャラが独断であんな上品な手紙書けるわけがないじゃないか。初日の失敗作、忘れたの?」
――覚えている。
子どもの交換日記みたいな拙い手紙。
確かに、偽造された手紙の内容は「交換日記」とはほど遠いものだった。
しかしシャラの名誉のため声に出して「そう」とは言えないソーレイを、ガッタは笑った。
「それに、あそこで一応僕が疑っておかなきゃ僕まで疑われちゃうじゃないか。彼女に指示出ししてたのは主に僕なんだし」
「だったら早く言え! あんな言い方されて、シャラ絶対傷ついてるだろ!」
「そんなのキミの胸で慰めてあげればいいじゃん。ま、そんな気概はないだろうけど」
「いつもながらヤな奴だな、おまえは」
「あはは、よく言われるよ」
陽気に笑い、しかし一瞬後にはその目に鋭い光を浮かべ、ガッタは例の偽造された手紙をテーブルの上に広げた。
ソーレイも表情を引き締め、改めてその手紙を注視する。
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