上 下
26 / 56

4章-1

しおりを挟む
 ――ねえ、どうしてソーレイをふったの。

 例えばその問いかけにシャラがすぐに答えていたとしたら、自分はその答えを最後まで聞いていただろうか。
 扉の向こうで、息をひそめて。
 聞くことができていただろうか。
 まるで処刑の時を待つような、あの気持ちに耐え抜いて――。


 出る杭が打たれるのは、いつの世でも、どこの世でも同じだ。
「そら、もう終わりか」

「返しが遅い!」
「どうした、足がもつれてるぞ!」

 ソーレイはその日、年長の騎士三人を相手に徹底的にやり込められていた。
 ステントリア家常駐騎士の午後の日課――実戦形式での武技訓練のことである。

「くっそ……まだまだ!」

 ソーレイは愛用の鉄棍を握り直して三人に挑みかかった。

 相手にしているのは、いずれも同じ時に「数持ち」昇格を掛けて試験を受け、ソーレイが蹴落とした騎士たちである。

 試験の際には一対一で競い合い、比較的苦労もせずに下すことができた程度の実力の者たちだが、さすがにまとめてこられると今のソーレイでは歯が立たない。

 胸や、肩や、みぞおちに、殺さんばかりの勢いで棍を当てられ、動くたびにそれらの部位が重く痛む。

 それでもソーレイは我慢して棍をふるった。

 突いてくる棍棒の先を避け、突き返し、それを払われれば逆の先端で再び突き出す。

 考えている暇などない。
 避けて、払って、当てる。ただそれだけを繰り返す。

「うら!」

 ソーレイが振り払った棍が、相手の棍棒に軽くあしらわれた。

「おいおい、それでも数持ちかよ」

 ギン――と、叩きつけるような一撃をぎりぎり手元で受け、互いに力で押しあう。

 じりと足元の土が音をたてた、次の瞬間、にらみ合う相手の背後に別の顔が浮かんだ。

 刹那、その肩越しに襲いかかる一撃。

 喉を、打たれた。

「ぐっ……」

 息が詰まったその隙をついて、まじえた棍棒ごと跳ね返された。

 よろめけば残りのひとりに横から蹴り飛ばされ、たまらずソーレイは横っとびに倒れ込む。
 ザッと頬が地面に擦れ、口の中に土の味が広がった。

 土を吐き出しその反動で息を吸い込むと、たちまち恐ろしいほどの息苦しさに襲われた。

「おまえの負けだ」

 ごほごほと繰り返しせき込むソーレイに、三人の騎士は一斉に棍棒の先端を突き付ける。

 まるで見せつけるようなやり方。

 それはもはや訓練ではない。
 煮え湯を飲まされた相手に対する報復、あるいは憂さ晴らし。
 いっときの愉悦を得るためだけの――益体のない戦い。

 おさまらない咳に涙目になりながら、しかしソーレイはその目で三人を睨んだ。

 三人とも、そのあくまで反抗的な態度に舌打ちする。

 けれどソーレイが屈しないことを悟ると、いずれもオモチャにあきた子どものようにあっさりと行ってしまった。

「容赦ねーな」
「仕方ないだろ」
「若造のくせに出しゃばるから」

 遠巻きに見ていたほかの騎士も興醒めしたように去っていく。

 たちまち、ソーレイはひとり寒空の下に残された。

 やっと元通りの呼吸を取り戻し、ソーレイはその口で深いため息をつく。

 数持ちの騎士になってからというもの、毎日がこんなものだった。

 騎士団の朝礼に出、馬の手入れをし、公女の傍につきながらも午後はこうして激しい訓練に呼び出される。
 だいたい、ソーレイが名指しされて一方的にやられるのが常で、いやらしいことにこの訓練は人目のつかない倉庫の裏で行われるため、騎士以外は――ガッタさえ、このしごきの存在を知らないことだろう。

 目立つところに傷を作らない技術だけはぴか一の連中だから、この先もきっとばれることもない。

 冷たい風にまぎれて小雪が舞う。

「あー……痛え……」

 今さらのように身体のあちこちが痛み始めて、ソーレイは丸くなった。

 彼らはいつも加減をしない。
 きっと痣になっていることだろう。
 以前つけられた痣も、治りきっていないのに。

「は……」

 ソーレイは短いため息をついた。

 目の前が、ほんのわずか白くけぶる。

 奇妙な虚無感が全身を支配していた。
 あれほど理不尽に痛めつけられたのに、連中がいなくなったらとたんに悔しいとも思わなくなる。

 近頃は何かにつけてそうだ。

 ガッタに毒を吐かれても、公女に振り回されても、その瞬間を過ぎるとどうでもよくなる。

 おいしいものを食べたり愉快な話を聞いた時でさえその感動が長続きしないからかなり重症な気がするけれど、ソーレイにはその原因がよく分からない。

 自分に、どんな喜怒哀楽の感情よりも「それどころではない」と思わせているのは、いったい何なのか――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...