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3章-10

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 仕事を始めて六日目の朝。

 シャラを待っていたのは、イナ公女直々の厳しい教育だった。

「ちょっと、シャラ! そこ編み目が多いわよ! その段は三つ減らすって言ったじゃない! どうして十五も編んでるの!」
「す、すみません!」

 どうしてかストーブに火を入れず、冷え切った部屋の中で、屋内にも関わらずコートとマフラーを身につけるよう指示を受けたシャラは、昨日まで持っていた硝子ペンの代わりにかぎ針を持たされて、レース編みの特訓を受けていた。

 またどうしていきなりレース編みなのか。

 公女いわく、「友だちが結婚するから、お祝いにベールを作ってあげるのよ。間に合いそうにないからあなたもやって」とのこと。

 昨日も一昨日もその前も日がな一日私室にこもっていると思ったら、こんなことをやっていたらしい。

 ちなみに、手紙の代筆は第一陣の返信が終わったところでひと段落と言うことで、第二陣の取りまとめが終わるまでシャラはお役御免。「帰っていいよ」とガッタは言ったが、帰る前に公女に有無を言わさず連れ込まれたのだ。この嫌がらせのように冷えた部屋に。

「大事なベールなのよ、失敗できないの!」

 シャラに怒りの棘を向けながら、きりのいいところまで編んでしまいたいのだろう、忙しくかぎ針を動かす公女。

 元々レース編みを趣味としているという彼女の流れるような手つきに、シャラは釘づけになる。

 公女は小さなモチーフを、すでに二十を超える数編んでいた。

 いずれも、幸運を呼ぶトコノハという木のつると、愛の象徴と呼ばれる花・シロサトを組み合わせた大変に細かな模様なのだが、その編みあがりはゆがみもなければよじれもない、素晴らしい出来である。

 すでにつないでベールの一部になっているものが部屋の隅に立てられているが、うっとりするほどきれいで、これをかぶれる公女の友人はきっと幸福になるに違いないと、シャラは一目で確信した。

 そしてその、きっと美しく仕上がるに違いないベールのふち飾りを作るのがシャラに課せられた使命だった。

 こちらは公女とは違い、糸を帯状に編んでいくだけの単純な作業で、基本的な編み方さえ教われば誰でもできる。細かな模様のモチーフを作るよりははるかに簡単なのだが……。

 シャラはため息をつきながら、レースの編み目の数をなぞってみた。

 確かに、公女の指摘通り編み目が二つほど余計だ。

「……どうしましょう……直せますか?」

 内心びくびくしながら編み目を見せると、公女はそっけなく「大丈夫よ」と言った。

「ちょっと貸して」
「はい……」

 情けない気分で公女にレースを託す。

 シャラも、毛糸を使った編み物ならいくらか経験があるが、いかんせん材料の値が張るのでこんなにも細くきれいな糸を使ったことはない。先ほどから失敗ばかりだ。

(手がかじかむから、余計ダメ……)

 公女のよく動く指先を眺めながら、シャラは自らの手に息を吹きかけた。

「それにしてもあなた……ホントに引き算できないのね」

 公女が手直しをしながらしみじみと呟くのに、シャラは頬が熱くなるのを感じた。

 ソーレイから聞いているのだろう。

 子どもだって当たり前にできることが、シャラにはできない。
 できた気でいても間違えている、ということ。

「恥ずかしいです……わたし、もう大人なのに……」 
「別にいいのよ。どうせソーレイのせいなんでしょ?」
「いえ、あの」
「いいのいいの。人のせいにできることはしておかなきゃ」

 けろり、とそんなことを言って、公女は少し、糸を引っ張った。

「ねえ、昔のソーレイってどんなだったの?」

 再び手元に目を落とし、公女は針を動かしながらそんなことを聞いてきた。

 初めて顔を合わせてからずっと、公女は大波を起こさんばかりにイライラしている印象だったが、今は湖の水面のように落ちついている。

 シャラも、特別気負わずに答えた。

「ソーレイ君は、輝いてましたよ。いつもクラスの真ん中にいて、自然と人が集まってくるんです。足が速くて、運動は何でもできて。お勉強は苦手だったみたいですけど……いつも目立ってました。きらきらしてたんです」

 遠い昔を思い出して、シャラは小さく笑った。

 本当に、ソーレイは昔から目立っていた。
 男の子たちが遊び始めると必ずその真ん中で人一倍はしゃいでいたし、やんちゃをしすぎて先生に叱られる時も必ず真ん中で誰より厳しく怒られていた。

 けれど、みんな彼が好きだったのだ。
 男の子も女の子も、彼に厳しかった先生たちでさえも。

「なに、もしかしてあの人実はモテてた?」
「はい、とっても。一時期ソーレイ君が髪の長い女の子が好きだっていう噂が流れて、その頃からみんな髪を伸ばし始めたんですよ」
「……シャラも?」

 一瞬鋭い視線に刺しぬかれて、「え」と、シャラは肩を飛びあがらせた。

 これこれ、と指し示すように、自分の髪の毛をつまんで見せる公女。

 シャラは耳元に巻きつけられた髪に触れ、あわてて首を振った。

「違いますよ! わたしは小さい頃からずっと長かったです!」
「ふうん。でも切ってないじゃない」
「それは……そうなんですけど……」

 ずばりと言われると、口ごもってしまった。

 確かに、ソーレイの好みを聞いて以降、髪を切ろうと思い立つことが一度もなかったことは事実だ。

 けれど、それはシャラの好みの問題だ。
 シャラは伸ばしている方が好きなのだ。

(うん、そう……そうだよね。わたし、髪は長い方が好き)

 自分の意思を改めて確認していると、シャラは、公女がじいっと自分を見つめていることに気がついた。

「――ねえ。あなた、どうしてソーレイをふったの?」
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