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3章-6
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雪の精がいっせいにため息をついたように、急激に場が冷え込んだ。
三人そろって目だけを戸口に向けると、そこでは白のフリルブラウスに黒革のパンツを合わせた姿のイナ公女が、鼻を上に向けて立っている。
「……間が悪いねえ」
「つーか運が悪い」
ガッタとソーレイが呟きながら、どことなくシャラをかばうように公女の進行方向に身体を向けた。
先のとがったブーツでつかつか歩み寄ってくるイナ公女。
きりっとした目が、騎士と事務官を順に眺めた。
「毎度毎度一言多いのよ、あんたたち」
「――スミマセン」
公女の左右の手でそれぞれ耳を引っ張られながら、従者たちは謝罪の言葉を口にした。
ともに理不尽に耐える渋い顔だが、文句は言わない。
ちら、と、公女は今度は二人の肩の間からシャラを見下ろしてきた。
そして彼女はよくよくシャラの姿を眺め、
「――それ、あたしに贈られてきた服じゃない?」
「え……ええええっ、そうなんですか!」
衝撃の事実発覚。
シャラはとっさにこの服を「かっぱらって」きたという事務官を見る。
彼は主を目の前にしながらも、ちっとも悪びれずに「そうだよ」とシャラに答えてみせた。
「別に問題はないでしょう、公女。どうせ賄賂代わりに贈られてくる趣味じゃない服ですし、結局は一度も着ないまま売っ払うんですから」
「それはそうだけど。その服売って入るはずだったお金はどうしてくれるのよ」
「ケチくさいこと言わないでください。だいたいこの手紙の一件だって、本来は僕ら事務官には何の関係もないこと。ステントリア公がどうしてもとおっしゃるので無用の仕事を引き受けてるんです。ドレスと差し引きしても僕の給料が上乗せされてしかるべきかと」
「どっちがケチくさいのよ」
腰に手を当て主に挑む事務官と、腕組みして堂々切り返す公女。
二人はそのまま互いに視線で斬り合いを始めた。
たまらず、シャラは二人の間に割って入った。
「ああああの、わたし、着替えます! 服もお返ししますから!」
我に返ったように、ガッタと公女がシャラを見下ろした。
口を開いたのは、公女の方だ。
「別にいいわよ、着てて。ていうか着なさい。ぼろ布着て屋敷の中うろつかれても困るわ」
「ぼろ布……」
「――酷い言いようですね」
「もうちょっと角の立たない言い方できないのかよ、公女……」
「だって事実じゃない」
即座に言い返されて、ガッタもソーレイも黙った。
シャラの服がボロだったのは事実なので無理もないが、優しいからこそそうは言えない二人がシャラには哀れだった。
公女は言いたい放題言ってどことなくすっきりした顔で、机の上に積まれた手紙の山に目をやった。
シャラが書きあげたものだ。
「すっかり準備できたのね。本当に出すの?」
当然です、と、ガッタがとりすました顔で言った。
「手紙をもらっておいて返事もないなんて、社交界から追い出されてしまいますよ」
「あたしは別にかまわないけど」
「いけません。ステントリア公には国政界にいていただかなければ困ります。名君の誉れ高いあのロッドバルク公がお認めになる素晴らしいお方でいらっしゃるんですから」
「はいはい、父を政界に繋ぐためにあたしに生贄になれって言うんでしょ。分かってるわよ」
「公女」
たしなめるようにガッタが呼ぶと、反発するようにイナ公女はそっぽを向いた。
傍仕えの事務官および騎士が、疲れたように肩を落とす。
「八つ当たりなら後にしてくれ。とりあえず返事出し終えるのが先だ」
「そうそう、昨日までにシャラに書いてもらった手紙はもう発送可能ですよ」
ガッタがソファの上の箱を叩いて見せた。
どうやら中身は封緘した手紙らしい。
「どうしますか、公女。いずれもプライドの高い貴公子ばかりですから特使を立てた方が無難かという話になっていますが……:」
「人件費の無駄よ。郵便屋に任せた方がずっと安くつくわ」
「――そうおっしゃると思って安価な方で予算を組みました。ま、その程度でへそを曲げるような男にろくな者はいないでしょうし、ふるいにかけるにはよろしいかと」
「何のふるいよ」
「あなたの婿殿になりえるか否かのふるいです」
きっぱりとガッタが言いきった瞬間、イナ公女の目がすうっと細くなった。
「いつもながら嫌味なほど優秀ね、ルーサー事務官」
「恐縮です」
ともに口元は笑んでいるのになぜか不穏な雰囲気を発する二人。
シャラはドキドキしながら成り行きを見守る。
傍らで、「はあ――」と、ソーレイが大げさなため息をついた。
「挑発するなよ、ガッタ。そんで公女も、気に入らないなら自分でペンをとりやがれ」
まるで聞き分けのない馬に鞭をくれるように、ソーレイは厳しく言った。
不服そうな二人から、あえて目をそらして彼はソファの上の箱を抱え上げる。
「これ郵便屋に持っていくんだろ? 金くれ。俺が行くから」
「ちょっと、ソーレイ。あんた公女付きでしょ? 仕事放って出ていく気?」
「俺は今日は夜勤明け。非番だ!」
「――だったらなんでまだいるのよ。いつも朝になったらさっさと帰るくせに」
「いーだろ、別に」
ソーレイが抱えた箱を巡らせて、シャラの方に目を向けた。
「シャラ、悪いけど付き合ってくれ。これじゃドアも開けらんない」
「あ、うん。いいよ」
シャラはぱたぱたと駆けてソーレイの後に続いた。
ガッタと公女が互いに顔をそむけ合うのを、ひそかに横目に見ながら。
三人そろって目だけを戸口に向けると、そこでは白のフリルブラウスに黒革のパンツを合わせた姿のイナ公女が、鼻を上に向けて立っている。
「……間が悪いねえ」
「つーか運が悪い」
ガッタとソーレイが呟きながら、どことなくシャラをかばうように公女の進行方向に身体を向けた。
先のとがったブーツでつかつか歩み寄ってくるイナ公女。
きりっとした目が、騎士と事務官を順に眺めた。
「毎度毎度一言多いのよ、あんたたち」
「――スミマセン」
公女の左右の手でそれぞれ耳を引っ張られながら、従者たちは謝罪の言葉を口にした。
ともに理不尽に耐える渋い顔だが、文句は言わない。
ちら、と、公女は今度は二人の肩の間からシャラを見下ろしてきた。
そして彼女はよくよくシャラの姿を眺め、
「――それ、あたしに贈られてきた服じゃない?」
「え……ええええっ、そうなんですか!」
衝撃の事実発覚。
シャラはとっさにこの服を「かっぱらって」きたという事務官を見る。
彼は主を目の前にしながらも、ちっとも悪びれずに「そうだよ」とシャラに答えてみせた。
「別に問題はないでしょう、公女。どうせ賄賂代わりに贈られてくる趣味じゃない服ですし、結局は一度も着ないまま売っ払うんですから」
「それはそうだけど。その服売って入るはずだったお金はどうしてくれるのよ」
「ケチくさいこと言わないでください。だいたいこの手紙の一件だって、本来は僕ら事務官には何の関係もないこと。ステントリア公がどうしてもとおっしゃるので無用の仕事を引き受けてるんです。ドレスと差し引きしても僕の給料が上乗せされてしかるべきかと」
「どっちがケチくさいのよ」
腰に手を当て主に挑む事務官と、腕組みして堂々切り返す公女。
二人はそのまま互いに視線で斬り合いを始めた。
たまらず、シャラは二人の間に割って入った。
「ああああの、わたし、着替えます! 服もお返ししますから!」
我に返ったように、ガッタと公女がシャラを見下ろした。
口を開いたのは、公女の方だ。
「別にいいわよ、着てて。ていうか着なさい。ぼろ布着て屋敷の中うろつかれても困るわ」
「ぼろ布……」
「――酷い言いようですね」
「もうちょっと角の立たない言い方できないのかよ、公女……」
「だって事実じゃない」
即座に言い返されて、ガッタもソーレイも黙った。
シャラの服がボロだったのは事実なので無理もないが、優しいからこそそうは言えない二人がシャラには哀れだった。
公女は言いたい放題言ってどことなくすっきりした顔で、机の上に積まれた手紙の山に目をやった。
シャラが書きあげたものだ。
「すっかり準備できたのね。本当に出すの?」
当然です、と、ガッタがとりすました顔で言った。
「手紙をもらっておいて返事もないなんて、社交界から追い出されてしまいますよ」
「あたしは別にかまわないけど」
「いけません。ステントリア公には国政界にいていただかなければ困ります。名君の誉れ高いあのロッドバルク公がお認めになる素晴らしいお方でいらっしゃるんですから」
「はいはい、父を政界に繋ぐためにあたしに生贄になれって言うんでしょ。分かってるわよ」
「公女」
たしなめるようにガッタが呼ぶと、反発するようにイナ公女はそっぽを向いた。
傍仕えの事務官および騎士が、疲れたように肩を落とす。
「八つ当たりなら後にしてくれ。とりあえず返事出し終えるのが先だ」
「そうそう、昨日までにシャラに書いてもらった手紙はもう発送可能ですよ」
ガッタがソファの上の箱を叩いて見せた。
どうやら中身は封緘した手紙らしい。
「どうしますか、公女。いずれもプライドの高い貴公子ばかりですから特使を立てた方が無難かという話になっていますが……:」
「人件費の無駄よ。郵便屋に任せた方がずっと安くつくわ」
「――そうおっしゃると思って安価な方で予算を組みました。ま、その程度でへそを曲げるような男にろくな者はいないでしょうし、ふるいにかけるにはよろしいかと」
「何のふるいよ」
「あなたの婿殿になりえるか否かのふるいです」
きっぱりとガッタが言いきった瞬間、イナ公女の目がすうっと細くなった。
「いつもながら嫌味なほど優秀ね、ルーサー事務官」
「恐縮です」
ともに口元は笑んでいるのになぜか不穏な雰囲気を発する二人。
シャラはドキドキしながら成り行きを見守る。
傍らで、「はあ――」と、ソーレイが大げさなため息をついた。
「挑発するなよ、ガッタ。そんで公女も、気に入らないなら自分でペンをとりやがれ」
まるで聞き分けのない馬に鞭をくれるように、ソーレイは厳しく言った。
不服そうな二人から、あえて目をそらして彼はソファの上の箱を抱え上げる。
「これ郵便屋に持っていくんだろ? 金くれ。俺が行くから」
「ちょっと、ソーレイ。あんた公女付きでしょ? 仕事放って出ていく気?」
「俺は今日は夜勤明け。非番だ!」
「――だったらなんでまだいるのよ。いつも朝になったらさっさと帰るくせに」
「いーだろ、別に」
ソーレイが抱えた箱を巡らせて、シャラの方に目を向けた。
「シャラ、悪いけど付き合ってくれ。これじゃドアも開けらんない」
「あ、うん。いいよ」
シャラはぱたぱたと駆けてソーレイの後に続いた。
ガッタと公女が互いに顔をそむけ合うのを、ひそかに横目に見ながら。
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