キミと猫と、恋のお話

きりしま

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7 キミとバスケと、キラキラのお話

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 もー! もー! もー!
 
 わたしはその日、わけもなく走って家に帰った。
 心の中では「もー! もー!」って、牛かよってセルフツッコミしてしまうくらい叫び続けている。
 
 だって永人くん、なんなんだ。「うれしいからもっと言って」って。
 心臓が爆発するかと思った。
 思わず「無理!」って返して逃げ帰ってしまったけど、変なテンションはぜんぜんおさまらなくて、ふだんは寄り道なんてしないのに、コンビニでどら焼きを衝動買いしてしまった。

 なにやってんだろう、わたし。
 意味分かんない。

 でも――だけど。 

 わたしだって子どもじゃない。
 この心の中いっぱいに広がるキラキラしたものに、ちゃんと名前がついてることくらい知ってる。

 ああ、佐緒里と話したくなってきた。
 帰ったらすぐ電話しよう。

「ただいま!」

 家に入ると、遠くから祖母の「おかえり」の声が聞こえた。

 とっさに手元のコンビニ袋に目を落とす。
 自然と口角があがった。
 べつに意図して選んだつもりはなかったけど――実は、どら焼きは祖母の大好物だ。

「おばあちゃん……」

 さっそく祖母の部屋に行こうとすると、行く手を阻むように台所から母が出てきた。

「マル、ちょっと来なさい」

 険しい顔。キツイ口調。
 また小言だ。なんだろう。
 べつになにもしてないのに。

 一瞬で心のキラキラを奪われたわたしは、「なに」と、身体を引きずるようにリビングへ向かった。
 夕飯の支度の途中だったんだろう、母は一度ガスの火を止めて、しょうが焼きの香りをまとわせながらわたしに言う。
 
「猫カフェに行ったんですって?」

 ハッと短い息を吸う。

「なんで知ってるの」
「店員さんから電話があったの。行っちゃダメだって言ったでしょう? これから新しい飼い主を見つけようってときに、ハチがあなたのこと思い出したらかわいそうじゃない」

 母の一方的な言い方に、わたしはムッとくちびるを突き出す。

「友だちに誘われて行ったとこがそこだっただけ。それに、わたしはハチに会えてうれしかった! ハチもうれしそうだった! ずっとわたしのそばにいたんだから」
「だからかわいそうだって言ってるの」

 母がついた強い勢いのため息が、わたしの胸を一瞬で灰色に染める。

 あの日永人くんと猫カフェに行ったことは、わたしにとって大きな意味があった。
 あのとき永人くんと出かけて、永人くんがわたしの本音を全部聞いてくれたから、身近なところでハチの譲渡先を探そうという気になった。
 実際に行動して、クラスの人とも話すようになって、ちょっと前とは比べものにならないくらい、気楽に学校に通えてる。
 かわいそうなんてネガティブな言葉で否定されたくない。
 
 かみつくように母を見ていると、母はすっとわたしから目をそらした。

「明日、猫カフェ主催の譲渡会があるんですって。ハチのことはどうしますかって言われたから、連れて行ってあげてくださいってお願いしておいたからね」

 手の中から、スクールバッグとコンビニ袋が落ちた。

「なんで――なんでそんな勝手なことするの! 今、近くでハチのこと飼ってくれる人探してるのに!」
「そんなに簡単に見つかるわけないでしょ。引っ越す前も散々探して、結局見つからなくて。猫カフェの人にも無理言って置いてもらってるのに、これ以上迷惑かけられないじゃない」
「でも早すぎる!」
「遅すぎるでしょう? マルが駄々こねずに早くから探せば、引っ越す前に譲り先も見つかったかもしれないのに」
「わたしのせいなの? わたしが悪いの?」
「――マルちゃん、日向子、やめなさい」

 熱の入るわたしと母に、お咎めの言葉が投げかけられた。
 祖母だ。
 不自由そうに右手だけで車椅子の車輪を回して、台所の入り口に下がったレースののれんをくぐってくる。

 母が肩から力を抜いた。
 言うだけ言ったらおしまいっていうのがうちの母だ。
 これで切り上げるつもりだろう。
 
 でもわたしは握ったこぶしを解くわけにはいかない。
 ハチをあきらめるわけにはいかない。絶対に。
 
 なおも戦意を失わないわたしの前に、祖母が入りこんできた。
 病気をしてからずいぶんやせてしまった祖母が、車椅子からわたしを見上げる。

「マルちゃん、悪いのはおばあちゃんだよ。マルちゃんじゃないよ。ごめんね」

 瞬間的に、わたしの中で熱いものが噴き出した。

「あやまって欲しいんじゃないよお!」
「マル、大きな声出さないで!」
「お母さんだって出してるじゃん!」
 
 叫んだら、息が切れた。
 まぶたが震える。
 のどの奥も、指の先も、小刻みに震えている。

「マルちゃん……」

 気づかわしげな祖母の声が耳に入る。
 いつだってやさしい祖母の声。
 
 たまらず、わたしは家を飛び出した。
 
 目が潤み、そうかと思うと熱い涙がほおを横切るように流れていく。
 
 知ってる。
 誰も悪くないことくらい。
 
 だからしんどいんだって、永人くんが言っていたとおりだ。
 でも――だから。
 
 誰も悪くないから、わたしはわたしのやり方で納得したい。
 
 それすらダメって言われたら、わたしはどうしたらいいの?
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