キミと猫と、恋のお話

きりしま

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5 キミと勇気と、クラスメイトのお話

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「ホントに?」
「マジで」

 わたしと永人くんが同時に食いつくと、彼女はふわっと笑って、

「わたしの友だちに、去年事故で猫を失くした人がいるの。ショックでもう猫は飼わないって言ってたけど、もう落ち着いてるだろうから、気持ち変わってるかも。話してみる?」
「ぜひ、お願い!」
「じゃあ行ってみようか。その子、となりのクラスなんだー。善は急げだよ」
 
 行ってくるね~と、ひらりと手を振った住田さんに、わたしは急いでついていった。
 住田さんはわたしより少し背が高いけど、歩き方はわたしよりずっとゆっくりだ。

「住田さん、ありがとう。わたし、いきなり言ったのに」

 わたしがそう言うと、住田さんは「ううん」と春風が吹くように軽く答えた。

「実はわたしね、野上さん、猫好きなんだろうなーって思ってた」
「え? どうして?」
「ヘアアクセとかスマホカバーとか、全部猫のデザインだもん。一度ゆっくり話してみたいなーって、思ってたんだよ。今日のアクセも猫ちゃんだよね」

 わたしはパッと後頭部に手をやった。
 いつも通りのハーフアップ。
 ゴムでまとめた上からつけたのは、佐緒里がくれたあの絶妙にかわいくないバレッタだ。

「これ、中学の友だちにもらったんだ」
「そうなんだー。ブサかわいくてわたし好き」

 そう言って住田さんがほほえんだ瞬間、胸の中にポッと明かりがついたようだった。

 なんか、こういうトーク、すごく懐かしい。
 中学のころは当たり前にあったのに、最近めっきり縁がなくなってた。
 素直にうれしい。

「住田さん、ありがとう……。わたし、入学してからスマホばっかりいじってて、ぜんぜん周りと関わろうとしてなくて。反省してた」
「ああ……そうだね。でも野上さん、遠くから引っ越してきたんでしょう? 知らない人ばっかりだと緊張するよね。わたしも、まだ他の中学出身の人と話すの、緊張するよ」

 住田さんがにこっと笑う。
 彼女の、寄り添って、そっと支えてくれるような言葉が、わたしの心にじんわりしみる。

「あの、住田さん。わたしのこと、よかったらマルって呼んで」

 突然思い立ってそう言うと、住田さんは髪をサラっと泳がせながら首をかしげた。

「呼び方? マルちゃんって呼んでいいの?」
「うん。ぜひ」
「じゃあわたしも名前で呼んでー。結愛ゆあっていうの」
「結愛ちゃん」

 うん――と、満足げに結愛ちゃんは笑った。

 うれしい。
 女の子とこうやって話せるの。
 今すぐ永人くんと佐緒里に報告したい気分だ。
 
 そうして心も足取りも軽くなってとなりのクラスに行ったけれど、やることなすこと全部がうまくいくと思ったら大間違い。

 あてにしていた結愛ちゃんの友だちは、すでに新しい猫を迎え入れたあとだったことが分かった。

「やっぱりいないと寂しくてさ。二匹目は……ちょっと無理かな。ごめんねー。誰かいたら教えるから」

 すまなそうに手を合わせる彼女にお礼を言って、五分もたたずに結愛ちゃんと一緒にひきあげることになってしまった。

「ごめんね、マルちゃん。空振りだったね」
「ううん。ありがとう。簡単じゃないのは分かってるから、大丈夫」

 前の学校でも、卒業する前に親しい友だちにあらかたお願いして全滅だった経験があるから、一回断られただけじゃへこたれない。

 結愛ちゃんや永人くんに気を使わせないようにしなきゃ。

 暗い顔をしないように無理やり口角をあげて教室に戻る。
 すると、ふと、ドアのところに見知らぬ男子生徒が立っていることに気がついた。

 誰だろう。

 そこそこ背が高くて、鼻筋が通った顔は若手の俳優さんみたい。
 髪型もおしゃれだし制服の着崩し方にセンスがあって、全身からイケメンオーラがあふれ出ている。

 うちのクラスの人じゃない。
 ていうか、英文科の棟じゃ見かけない人だ。
 結愛ちゃんも彼に気づいているけど、特に表情が動かない。
 知り合いではないみたいだ。

 まあいいかと通りすぎようとすると、彼はわたしたちに向かってにこっと笑いかけてきた。

「ねえ、キミがマルちゃん?」
「へっ……わたし?」
 
 思わず立ち止まったわたしに、彼はキラッと光りそうな笑顔でうなずいた。

「俺、永人と同クラの倉内克くらうちかつ。よろしくねー」
「あ、はい。よろしく……」

 ってなんであいさつされてるんだろう、わたし。

 戸惑いながら結愛ちゃんを見るけど、彼女も不思議そうに彼を見ている。

 どうしていいか分からず教室の中に目をやると、留守番していた永人くんがこっちに気づいて、なぜか変な顔をして突進してきた。

「倉内! ついてくんなって言ったじゃん!」
「アハハ、来んなって言われたら来たくなるじゃん。ねえ、マルちゃん」
「え? え?」

 急に話をふられて目を白黒させる。

 なんで知らない人にふつうに名前で呼ばれてふつうに話かけられてるの、わたし。

「ああ、いいよ相手にしなくて」

 混乱するわたしの前に永人くんが割って入って来た。
 たちまち倉内くんが顔をしかめて、

「ちょ――ひどくない、永人?」
「だってお前うるさいもん」
 
 永人くんはふてくされたようにそう答えた。
 
 永人くん、男友だちにはこんな感じなんだなあ……。
 
 意外な思いで永人くんの広い背中を見上げていると、その横からひょいと倉内くんが顔を出した。
 にかっと笑う。

「俺も猫の飼い主探し手伝おうと思ってるんだよ、マルちゃん」
「え、あ、そうなんですか……?」

 思わず敬語になって、永人くんと倉内くんとを順に見た。

 肩越しに目が合った永人くんはなぜか苦い顔。

「なんか知らないけど手伝うって言い出したんだよね……」
「友だちの友だちは友だちじゃん。困ったときは助けるもんだろ」

 ぜんぜん乗り気じゃない永人くんとは正反対に、倉内くんは豪快に胸を叩く。
 正直ノリが軽くて不安なんだけど……まあ、気持ちはうれしい。
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