彼が恋した華の名は

亜衣藍

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 この期に及んで、史郎はまだ自分の気持ちを伝えていない事に気付いたのだ。

『愛している』という言葉の一つも、まだ聖に言っていない事に。

(――――散々抱いて、数え切れないほどにヤツの中にブチ撒けたってのに、言葉では何も伝えていなかったとは……オレもバカだったな)

 史郎は、また苦く笑った。

 だが、バカなのは史郎だけではない。

 聖だって、相当なものだ。

 昔、周りの反対を押し切って聖を無理に囲った、あの史郎の執着を――――どうして『愛』故だと察しなかったのか?

 なぜ、少しでも自分が好かれていると思わなかったのか?

 聖はいつも氷の華のように妖しくつやめき、誰に抱かれても、決してその冷ややかな眼差しは変わらなかった。

 人はそんな彼を、傾国の美女と言ったり、笑わないかぐや姫だと評したり。

 それだけ多くの男の心を捉えておきながら、どうして聖は……己自身には価値もなく、皆が夢中になっているのは、欲望を吐き出す容器にしか過ぎない己が肉体だけなのだと思ったのだろう?

 何故意固地になって、そう思い込んだのだろうか?

 華麗にあでやかに咲き誇る華のように、美しい聖。

 少しでも笑ってくれれば、それだけで、男の心は満たされるのに。

 誰より大切にして、辛い思いなど絶対させないようにと真綿で包むように愛するのに。

 とにかく、当時の聖は全てを否定していたので、史郎は余計にムキになって固執した。

――――彼の全てに執着した。

 愛は怒りに変わり、恋は憎しみに変わり、暴力まで及ぶこともしばしばだった…………。

 しかし、それも――――聖が暴漢によって命を失いかけた事で、史郎は本当に怖くなったのだ。

 永遠に失う事の、恐怖を。

(だからオレは、聖に……初めて本音を伝えたんだ。――――愛していると)

 そうして史郎が降伏しこうべを垂れることで、ようやく聖は心を開いてくれた。

 やっと、出会って七年も経ってから、心を通わせることが出来たのだ。

 愛を受け入れ、腕の中で喘ぐ聖を見て……初めて史郎も、彼を本当に可愛いと思った。
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