彼が恋した華の名は

亜衣藍

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 ガチャリと扉を開けると、誰もいない空間が広がっていた。

 史郎は無言のまま室内を一瞥すると、ゆっくりとソファーへ腰を下ろす。

 すると、まるでそのタイミングを狙ったように、ホテルの電話が鳴った。

――――RRRR……

 受話器を取り、低い声で言う。


「……オレだ」
『今行く』


 素っ気ない返答があり、直ぐに電話は切れた。

 用心の為だろう、こことは別に部屋を取っていたようだ。

 声までも麗しいその人物は、史郎が、今も愛してやまない人物に違いない。

(愛、か……)

 史郎は、その言葉に苦い笑みを浮かべた。

――――若い頃はその熱病にてられて、ただガムシャラに発散した。

 脇目も振らずに突き進んだ。

 全てを力でねじ伏せて、何もかもを自分のモノにしようと暴れた。

 しかし、その度に――――手に入れたい筈の相手の心は、どんどん離れてしまった。

 史郎を嫌悪し、憎悪し、拒絶しようとした。

 それが許せなくて、どうにかして自分の方を向くようにと、また愚かにも画策して…………その結果、心も身体も手に入れたいと欲した唯一無二の相手は、暴漢に襲われて死線を彷徨う事になってしまった。

 かぼそい息は今にも途切れそうで、蝋のように白い顔は死人のようだった。

 あの時の恐怖と絶望は、今でも思い出すたびにゾッとする。

 このままでは、本当に永遠に手の届かない所へ行ってしまうのだという可能性に、心底戦慄した。

 唯々愛しているだけなのに。

 この腕の中に、ずっと閉じ込めておきたいだけなのに。

 二十歳そこそこの若者だった彼に恋をして、ずっとその想いは変わらないでいるのに。


――――聖が、この世の何処にもいなくなってしまう。


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