彼が恋した華の名は

亜衣藍

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 からりと、正弘の側面の障子が開いた。

 そこに居たのは、当の噂の主であった。

 白皙のおもては少し青ざめているが、その碧瑠璃の瞳には消えない力が漲っている。

 宝石のように綺麗な眼を真っ直ぐ正弘へと注ぎながら、聖は口を開いた。

「親分……路傍の石のように転がっていたオレの命は、元々あんたに助けてもらったようなもんだ。組の為になるってんなら、オレは――――青菱の所へ奉公に上がります」

「小僧……」

「――――親分、オレはあんたが好きだ。だから、あんたにこれ以上負担を掛けたくねぇ」

 最後の声は小さく、正弘だけが聞き取れた。

「馬鹿な――」

 と、正弘は何か言い掛けたが、それより先に、周囲の幹部たちが一斉に安堵の声を上げ、それは掻き消された。

「そうかそうか! これで安泰だ!! 」

「よく言った! 御堂、お前は今時珍しい極道の鏡だな! 」

「……いえ、オレはそんな……身に余る言葉です」

 そう言うと、聖はその場に深くぬかずいた。

 しかし、強がってはいるが、聖とてまだ21の若者だ。

 我が身に起こる数々の試練に、恐怖を感じて当たり前だろう。

 微かに震えているその肩口に気付くと、正弘はチッと舌打ちをした。

「――――分かった! 直ぐに青菱に遣いをだしねぇ! 」

「は、何と? 」

「小僧の身柄を引き渡せってんなら、それなりに礼を尽くせってな。オレが直々に、青菱の若造にナシつけてやらぁ」

 この期に及んで四の五のと問題を先送りにしても、きっとまた同じような事が起こるだろう。

 今回の羽黒組の一件も、どうにも嵌められた気がして仕方がない。

 ならば、最初からきっかりと期限と条件を設けて、聖を引き渡した方がマシだ。

 正弘は、そう判断した。

「小僧……可哀想だが……しばらく耐えてくれるかぃ? 」

 優しくそう声を掛け、下げたままの頭をポンポンと叩くと……綺麗な涙が、板の間に落ちた。
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