彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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(あれには、マジで参ったな)

 本当に玉が潰れたかと、本気で心配してしまった。

 その時の事を思い出して、おもわずフッと吹き出すと、聖が胡乱な視線を向けてきた。

「なにが可笑しい?」

「……いや、何でもない。……まぁ、お前とは今まで色々あったが、こうやって酒を飲めるような関係になるとは、人生も捨てたもんじゃないなってよ」

 確かに、色々あった。

 これまで、仲良しこよしの関係になった事はない。

 どちらかと言えば、反目しあい敵対関係だった時間の方が長い。

――――だが、最近は。

「お前、ナモ公国でオレに言った事を覚えているか?」

 聖の方からそう話を振られ、碇は意外そうに目を見張る。

「お前に惚れてるって言ったことか?」

「ああ」

「そりゃあ、もちろん覚えてる」

「――返事を聞きたいとは思わないか?」

 これに対し、碇は少しだけ考えた後……小さく息を吐いて答えた。

「思わねぇな」

「どうしてだ?」

「……どっちにしろ、お前とは、この先もこの距離のままで居たいと思っているからな。今になって返事を聞いたからといって、それで態度を変える気はない。だから、わざわざ答えなんか聞く必要はない」

「――――そうか」

 碇の答えは、聖が真壁に対して出している答えと似ていた。

 この居心地の良い関係のままで、この先もずっと一緒にいたいから、リスクのある『yes or No』の答えなど出したくない。

 フワフワと不安定だけど、このバランスのままが丁度いいような気がする。

 初めて、自分と同じ感覚を持つ人間と通じ合ったような気がして、聖の表情が少し明るくなった。

「ありがとうよ、碇。おかげで気が楽になったぜ」

 礼を言われる理由がよく分からないが、何にせよ機嫌が直ったのならそれでいいか。

 碇はそう思うと、ふと、気になっていた妙なウワサの件を思い出した。

 丁度、そのウワサの張本人・・・が自分の真横に座っているではないか。

 ついでに、ここでそのウワサの真偽を問い質すべきかと、碇は考えた。

「なぁ、御堂」

「ん?」

「お前――――青菱のガキ・・に手を出したってのは本当なのか?」

「……」

「たしか、まだ大学生だって小耳に挟んだが。まさか、そんな、な……」

 すると、せっかく直ったように見えた聖の機嫌が、また露骨に悪くなった。

 聖は眉間にしわを寄せ、手の平で揺らしていたマティーニを一気に飲み干した。

 そして、据わった眼でバーテンダーをキッと睨む。

「ノッキーン・ポチーンをストレートで」

 即座にこれを、碇は却下する。

「ダメだ!! お前、ぶっ倒れるぞっ」

「うるせーゴリラだな! 本場のアイルランドじゃあ、ストレートで挑戦するヤツも普通にいるってぇのに」

「ここはアイルランドじゃねー!!」

 碇はそう一喝すると、バーテンダーへ『ソーダで割ってくれ』と注文を付けた。

 勝手にオーダーを変える碇に、聖は立腹した様子でバンっとカウンターを叩いた。

「ここの店は、客に好きな酒も飲ませねぇってのか!?」

「好きな酒って……お前のは、ただ酔いたいだけだろうが」

 嘆息しながらそう言うと、どうやら図星だったらしい。

 聖は叱られた子供のようにしゅん・・・と肩を落として、俯いてしまった。

 それを見遣り、碇は嘆息して口を開く。

「――――どうやら、その分じゃあウワサは本当だったようだな」

「……」

「でも、お前は……青菱史郎の――」

「オレは、もうヤクザを廃業した一般人だ。だから普通のカタギだ。史郎とは何でもない」
 何とも嘘くさいが――多分、言っている本人もそう思っているだろうが。
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