彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

文字の大きさ
上 下
52 / 90
10

Poisonous flower

しおりを挟む
「男を相手にしたことがあるかって言いたいのか?」

「――ああ」

「ねぇよ、そんなモンは! あんた意外に『綺麗』だって思った男なんていなかったし――いや、今のは噓だ。忘れろっ」

 つい、本音をポロリとこぼしてしまった事を恥じて、一夏の顔は益々赤くなる。

 そんな一夏の、場慣れしていない初心ウブな様子に、聖の心が揺らいだ。

――――あいつも、そうだったな。

 別れたばかりの年下の恋人を思い出し……知らぬうちに、聖の頬を透明な雫が零れ落ちた。

 無邪気で、純粋で。

 どうしようもなく身勝手で――――残酷なくらいに、少年のように浅墓あさはかな男だった。

 何も考えずに、ただ愛しいと聖に恋心を寄せて。

 同時に、その無邪気な心のままで、同じ劇団の女を愛した。

 その結果、女が子を身籠ったと聞いては……聖の方が黙って去るしかない。

 血を流す心を隠し、どれだけの辛い思いをしながら聖が演技をしたかなんて、誉は気付かなかっただろう。

 今更恨み言をいう気はないが、甘い砂糖菓子を口にするように愛し合った日々を忘れるには、まだ時間が必要だった。

(未練がましいな、我ながら)

 頬を伝う涙に気付き、聖は儚げに笑む。

 そんな、弱々しく崩れる華のような……いまにも消えてしまいそうな様相に、一夏は再び惑乱する。

 見た目に反し強気で剛毅で、怜悧な聖。

 対して。

 見た目以上に、たおやかで弱々しい蜻蛉のような聖。

 どっちが、この男の本当の姿なのだろうか?

 一夏は、どんどん迷宮へ迷い込むような気がした。

 御堂聖という、無限の迷宮へと。

「……あんたを、親父から奪ってやろうと思っている」

「え?」

「それが、一番の復讐になるからな」

 母親は精神を病み、家を出て行った。

 一夏はそれを追う事も出来ず、依然として青菱で飼い殺しにされている。

 それだけでも不満だというのに、更に、全く聞いた事も無かった他家との養子縁組を史郎の一存で決められてしまい、鬱憤は溜まり続けていた。

 暴対法対策で、隠れ蓑として青菱から戸籍を移しただけだと言われたが、その説明だけで
「はいそうですか」と納得できるものではない。

 一夏は横暴な父親史郎に対し、何とかして一矢報いたいと思っていた。

「前回は、親父の愛人を使ってあんたをハメようとしたが……結局失敗したからな。もう余計な小細工は無しにする事にした」
(※詳しくは『マガイモノ』をご覧ください)

 キッと聖を睨み、宣言する。

「あんたを、オレのモノにする」

「……お前は、誤解している。史郎とは、とっくに終わっているんだ。だから――」

 しかし、その弁明は一言で却下された。

「あんたはそのつもりでも、親父はそうは思ってない」

「っ!」

「現に、あんたの誘い一つで、組の大切な会合を放り出してあんたの所へ向かったんだからな」

 聖に呼ばれたあの日。

 青菱では、これからの戦略と展望を練る会合が開かれ、いつもは交流の乏しい外様の組織も交えて重要な話し合いが行われるはずだった。

 一夏にも、青菱の次期跡目としてお披露目の席が用意されていた。

 だがその最中に、史郎は姿を消したのだ。

 それもこれも、この御堂聖の呼び出し一つで!

「そんなこと、史郎は一言も……」

 戸惑う聖に、一夏は告げる。

「親父は、あんたに惚れてるからな」

「……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワルモノ

亜衣藍
BL
西暦1988年、昭和の最後の年となる63年、15歳の少年は一人東京へ降り立った……! 後に『傾国の美女』と讃えられるようになる美貌の青年、御堂聖の物語です。 今作は、15歳の聖少年が、極道の世界へ飛び込む切っ掛けとなる話です。 舞台は昭和末期!  時事ネタも交えた意欲作となっております。 ありきたりなBLでは物足りないという方は、是非お立ち寄りください。

Take On Me 2

マン太
BL
 大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。  そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。  岳は仕方なく会うことにするが…。 ※絡みの表現は控え目です。 ※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...