彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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Poisonous flower

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 聖には、反論するだけの材料がない。

 それだけに、いつもは切れ味のある抗弁も何もかもを封じられてしまう。

 誉を諦める為に、史郎を利用したのは本当の事だ。

 聖の本心を汲んで、身勝手なワガママに付き合ってくれるような男は……あの場ですぐに呼べたのは、史郎しかいなかったから……。

 だから、もう会わないと決別を告げたはずのその口で「今すぐ来い」と言ったのだ。

 故に、息子である一夏には頭を下げるしかない。

「……悪かった。お前たち家族の事まで考えていなかった」

 そう、小さな声で詫びると、一夏はいっそう目に力を込めて睨んできた。

「あんたの言うことは、信用できない」

 一夏の冷たい声に、さていよいよボスの命令が下されるのかと、周囲に立つ若者たちにサッと緊張が走った。

「ボス、やっちまいますか?」

「よくもさっきは蹴り入れてくれやがって……! 倍にして返してやるっ」

 鼻息荒くいきり立つ男たちであったが、中の一人が放った言葉で雰囲気が一変した。

「――あのっ! オレらでこいつ輪姦まわしてもいいんですよね!?」

 その一声に、緊張とは違う熱が一気に湧き立つ。

 聖にとってはお馴染みの、欲望にギラギラとした眼が周囲をぐるりと取り巻いた。

「へへ、オッサンのクセに妙に綺麗な顔しやがって――覚悟しろよ」

 涎を垂らして近付く男達に、聖は柳眉をひそめる。

(参ったな……。結局こうなるか)

 一夏を除くと、10畳ほどの部屋の中には五人の男たちがいた。

 聖の蹴りで、男たちを床に沈める事は出来るかもしれないが……。

(だが、中には武道の心得があるものが混じっているようだ。床にキスするのは、オレの方になるかもしれないな)

 簡単には負けるつもりはないが、全員叩きのめすのは難しそうだ。

(これも全部、身から出た錆か)

 フッと、聖は苦笑してしまった。

 それに気付き、一夏は唸るような声を上げる。

「何を笑っている?」

「いや……ハハ、つくづくバカなマネばかりしたもんだなってさ」

 こうなってはもう、笑うしかない。

 因果応報とは、まさにこの事を言うのだろうと思うと、自分で自分に嫌気が差して仕方がない気分だ。

 なんてクズなんだろうと、我ながら思う。

 聖は、頬を歪めて失笑しながら、イスに座ったままの一夏を見下ろした。

「――オレが憎いんなら、好きなだけ殴れ。抵抗はしない」

「はぁ!?」

「それで気が済まないなら、殺せばいいさ」

 もう、充分に財は築いた。

 ユウが余程の無茶をしなければ、一生満足な暮らしを送る事は可能な筈だ。

 聖亡き後は、真壁も親身になってユウのサポートをしてくれるだろう。

 それに第一、ユウには頼りになる恋人も――――傍に居てくれる。

(そうだな。オレはもう、とっくにユウに必要とはされちゃあいない)

 苦くその事を思いながら、諦めたように聖は笑った。

「お前たち母子には、長年迷惑を掛けた。史郎がああなったのは、オレにも責任がない訳じゃない。オレが、もっと早い段階で誰かを本気になって追いかけていれば……史郎だって、オレには隙がないんだと悟って諦めたかもしれないのに」

 でも、聖には本当の意味での『恋人』はいなかった。

 だから余計に、史郎はそこに自分が入り込もうと足掻いたのだろう。

 何年も、何年も……。

 しんみりと黙り込む聖と一夏であったが、空気を読まない一部の連中が、これ見よがしにがなり立てた。

「おい、ボスの前でなに気取ってんだ! お喋りなんかしているヒマなんかねーぞ! へへっ、おい! 外の連中も呼んで来いよ!!」

 その声に、調子に乗った他の男達も前のめりに身を乗り出そうとするが――――

「お前達、全員外に出てろ」

 予想外の一夏の命令が下され、皆が一瞬固まる。

「ぼ、ボス? でも、こいつにヤキを入れ――」

「外に、出てろ」
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