彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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Poisonous flower

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「これからもオレの傍に居たいと思うなら『愛している』なんて言わないでくれ」

「聖さん――」

「……今日はタクシーで帰るから、送迎はいらない。お前も自分の仕事が終わったら、早めに切り上げろ」

 それだけ言うと、聖はハンガーラックに掛けていたコートを手にして社長室を出て行った。

 真壁は止めることも出来ずに、ただそれを見送るしか出来なかった。

   ◇

 聖の恋は、いつも風に吹かれる泡のように儚く消え去る。

(結局オレは……毎回それを繰り返しているようなもんだな)

『禁忌』のパンフレットに写っていた誉の顔を思い出して、また胸がギュッと痛んだ。

 あの真っ直ぐな瞳が綺麗で、気に入ってしまった。

 一度だけの遊びと割り切っておけば――それを分かっていたくせに、つい心を動かして。

 愛なんて、最初から抱かなければいいだけの事だったのに。

(――――本当にバカだよな)

 だが、誉の事を思い出した所為か、何だか今夜は寂しい気がして仕方がない。

 このまま真っ直ぐに、空っぽのホテルに帰るのも気が進まない。

 どこかで酒が飲みたくて、良さそうなバーがないかと表通りを少し流して歩くが……聖は足を止めると、暗い表情で溜め息をついていた。

(また、あのバーに行きたいな。ダメだって分かっちゃあいるが)

 もしかしたら、今までの事は全部水に流して……もう一度、最初の頃のように戻れたら。

(そんな事は無理だって分かってるがな)

 今や誉は、追い風に乗った旬の俳優になった。

『禁忌』の成功と同時期に、可愛い女房と子供まで獲得したと、世間では概ね好意的に受け入れられている。

 こんな状況で、今更聖が出向いて何を言うというのだ?

 せいぜいが、事務所社長として、主演俳優へ拍手と花を送るかしか出来ない。

 きっと誉は、いま聖の顔を見ても困惑するだけだろう。

(こっから先はもう、オレとは関わりのない人生を歩むんだろうな)

 ジュピタープロダクション所属俳優として、仕事を通しての接点はあるだろうが、プライベートではもう赤の他人だ。

 そして、その方が誉も安全だろう。

 聖には、何かと因縁のある男も多いのだから。

 フッと、未練を吹っ切るように笑うと、とりあえずは裏通りの方へと踵を返す。

(あそこにはもう行けないと、自分でそう思っただろう、聖? 今宵はこの近場で、適当なバーを見つけたら一杯だけ引っ掛けて帰るのが妥当だ)

 しかしその足は、不意に止まった。

 ザっと、聖の前後に、黒マスクにパーカーを羽織った男達が立ち塞がったからだ。

「あんた、御堂聖だろう?」

「――だったら、なんだ?」

「オレたちのボスが、あんたを招待したいと言っている。大人しく付いて来てくれないか」

 口調は丁寧だが、それぞれの手には物騒な得物が握られている。

 それらを一瞥すると、聖は状況を即座に理解した。

(バットと鉄パイプが2、ナイフが1か。こいつら玄人プロではなさそうだが、ケンカ慣れはしていそうだ。半グレの、20~30代ってとこか)

 聖は怯えた様子も見せずにハッと笑うと、眼前のリーダーと思しき男を挑発的に睨む。

「御免だね」

「なに?」

「オレは、お前らみたいなガキと遊んでいるヒマなんかないんだ。とっとと家に帰んな、坊や」

 そう吐き捨てたところ、聖の後ろに回っていた男が強引に捕らえようとしてか、聖の肩へ手を伸ばしてきた。

 振り向きざま、聖はその男の脇腹に膝蹴りを喰らわせる。

「っ!」

 音も無くその場にくずおれる仲間を見て、男達に緊張が走る。

 聖は上着を脱ぎ捨てると、軽くステップを踏んだ。

「オレは今、機嫌が悪いんだ」

「なっ――」
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