彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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gimlet

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 そう言い残し、去って行こうとするその背に、聖は声を掛けた。

「待て」

「……」

「オレは忙しいから、しばらくはここには来れない。今日もこれから予定があるんだ」

 それは真っ赤なウソだ。

 だが、聖は平然とした顔で言葉を紡ぐ。

「最終オーディション、近いようだな。言っておくが、オレは金は出すがキャスティングに関してはノータッチだ。間違っても、ウチの事務所に所属しているから選考も優遇されるだろうなんて考えるなよ」

「……ったりまえだ」

「オレと――」

『寝たからって、いい気になるな』

 だが、用意していた筈のその言葉は、寸前になって口から出て来なかった。

 代わりに聖の口から出て来たのは、違うセリフだった。

「――お前の作る酒を飲んだら、今夜は退散しよう」

「オレの?」

「そうだな……ギムレットを作ってくれないか。ライムも買ってきたんだろう?」

 隣で聞いていたマスターが、その意味に気付き、

「御堂さん……」

 と、眉根を寄せる。

 聖はそれに構わず、真っ直ぐに誉を見た。

 一瞬、絡み合う眼と眼。

 先日までは甘かった筈のその視線は、痛々しい程に尖っている。

「――それとも、お前には作れないのか?」

「作れるさ、それくらい」

 誉は憤った様子で、カウンター側に足を運んだ。

 マスターが困り顔で、そんな誉と聖を交互に見遣る。

「御堂さん――」

 もの言いたげなマスターに、聖は微かに笑った。

「いいんだ、マスター。……世話になったな」

「いえ、私の方こそ――」

 そんな二人の意味深なやり取りや目配せも無視して、誉は教わっていたレシピ通りにジンとライムを混ぜ、手早くシェイクする。

「どうぞ」

 差し出されたギムレットを受け取ると、聖は小さく頷いた。

「ありがとう」

「……」

「それじゃあ、元気でな」

 そう言うと、聖はギムレットを一気に口にした。

――――ギムレットの酒言葉は『長いお別れ』という。

 聖の計画では、マスターの前で誉を罵倒して故意に恥をかかせ、とことん嫌われるつもりだった。

『あんたなんか顔も見たくない』と、誉からその言葉を引き出す予定だった。

 しかし、いざ誉の顔を見ると……決心が鈍った。

 だから聖は、その代わりに、別れの意味を込めてギムレットを頼んだのだ。

 強い酒が喉を焼くようだった。

 本当は、ギムレットはこんな飲み方をするようなカクテルではない。

 楽しい会話をして、甘く視線を絡めながら舐めるように飲む酒だ。

「――御堂さん……」

 心配そうな顔のマスターに、聖は財布から札を抜き出し、いつものように告げた。

「釣りはチップに取っておいてくれ」


 もうここには来ないけれど。


 その一言は告げぬまま、背を向ける誉を最後に一瞥して、聖は、数日前までは居心地の良かった場所だった筈のバーを後にした。
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