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Dark clouds
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「どういう事ですか?」
「――こいつは、同じ劇団員と近々籍を入れる。だから今のうちに『既婚者』と書き換えるんだ。こういった事は、後々知られる方がダメージがデカい」
「既婚者? そ、そうだったんですか――確かに社長の仰る通りですね」
結婚するなら、最初から公表しておいた方がいいのは本当の事だ。
特に女性ファンの心理というモノは厄介で、対象が「独身」の場合はずっとそのイメージに凝り固まったファンの場合が多い。
そうなると、後にその対象が「結婚」ないし「内縁の妻」等が出現した場合、裏切られたと言い出してヒステリックに騒ぎ、攻撃するパターンが多いのだ。
しかし逆に、最初から「既婚者」という事を公表しておくと『一家の大黒柱として頑張っている』と好意的に受け止めて、女は応援する側に回る。
スポンサーは独身のイケメンを希望する場合が多いのだが、それにしたって売り込み方はある。
世相を反映して妻を大切にするイクメンだとでもアピールすれば、むしろ多くの女性ファンを獲得できると、頭の中でソロバンを弾くだろう。
何にせよ、籍を入れるならば秘密にするよりも公表した方が、今の時代は受け入れられやすい。昭和と違いSNSも発達した現代では、箝口令をしいて秘密にしようとしても、どこからか必ず洩れるのだから。
「それにしても、社長はどうして――――加賀誉の既婚の事をご存知なんですか? 経歴を見ても、舞台を何度か経験しただけの駆け出しなのに……」
訝しむ様子の真壁に、聖は濃い色の入ったメガネを外すことなく平然と答える。
「ウチの役者が最終オーディションに残っているようだから、ちょっと興味が出てな。その時に、偶然知ったんだよ」
「偶然?」
「……役者仲間と、飲みのついでに結婚の報告していたようだった。だから、それなら早めに経歴を書き換えた方がいいと思ってな」
(――――そうだ、誉は結婚して正式に籍を入れるだろう。ヤツなら、それを選択するはずだ)
出会ってまだそれ程日が経っていないのに、聖は誉の為人を知ってしまった。あいつは優しくて、情のあるヤツだと……。
そしてそれは、聖との別れを意味するという事も。
「……っ」
不覚にも、鼻の奥がツンとした。
聖は真壁から顔を逸らし、そっとメガネをずらすとハンカチで目元を押えた。
その一連の動作に目ざとく気付いた真壁は、ギョッとしたように声を上げる。
「ど、どうされました!?」
「――何でもない」
そう言い、聖は来た時と同様に、唐突に部屋を退出した。
そのあとを、慌てた様子で真壁が追ってくる。
「待ってください!」
「本当に……何でもないんだ。加賀誉の経歴の差し替えを、即急に頼んだからな。各方面にも手配を頼む。最終オーディションも近いから……」
エレベーターの前で追い付き、真壁は聖の肩に手を置く。
「聖さん! いったい――っ!?」
だが、真壁は聖の様子に気付き、凍り付いたように動きを止めた。
聖は……肩を震わせて、何かに精一杯耐えていたから。
激しく動揺し、真壁は痛みに耐えるような顔になる。
「……何があったんですか、聖さん……」
しかし、聖は小さく頭を振っただけだった。
「すまない、あとを頼む。悪いが、今日はこのまま帰らせてくれ」
「それならせめて、マンションまで送らせてください――さ、手を」
これ以上詳しく聞き出す事は、今の聖には辛いようだ。
即座にそれを理解した真壁は、やはり聖との付き合いが長いだけはある。
無遠慮に根掘り葉掘り聞くような事はせずに、ただ、最大限の愛情をもって、真壁は丁寧にその手へ触れた。
「――こいつは、同じ劇団員と近々籍を入れる。だから今のうちに『既婚者』と書き換えるんだ。こういった事は、後々知られる方がダメージがデカい」
「既婚者? そ、そうだったんですか――確かに社長の仰る通りですね」
結婚するなら、最初から公表しておいた方がいいのは本当の事だ。
特に女性ファンの心理というモノは厄介で、対象が「独身」の場合はずっとそのイメージに凝り固まったファンの場合が多い。
そうなると、後にその対象が「結婚」ないし「内縁の妻」等が出現した場合、裏切られたと言い出してヒステリックに騒ぎ、攻撃するパターンが多いのだ。
しかし逆に、最初から「既婚者」という事を公表しておくと『一家の大黒柱として頑張っている』と好意的に受け止めて、女は応援する側に回る。
スポンサーは独身のイケメンを希望する場合が多いのだが、それにしたって売り込み方はある。
世相を反映して妻を大切にするイクメンだとでもアピールすれば、むしろ多くの女性ファンを獲得できると、頭の中でソロバンを弾くだろう。
何にせよ、籍を入れるならば秘密にするよりも公表した方が、今の時代は受け入れられやすい。昭和と違いSNSも発達した現代では、箝口令をしいて秘密にしようとしても、どこからか必ず洩れるのだから。
「それにしても、社長はどうして――――加賀誉の既婚の事をご存知なんですか? 経歴を見ても、舞台を何度か経験しただけの駆け出しなのに……」
訝しむ様子の真壁に、聖は濃い色の入ったメガネを外すことなく平然と答える。
「ウチの役者が最終オーディションに残っているようだから、ちょっと興味が出てな。その時に、偶然知ったんだよ」
「偶然?」
「……役者仲間と、飲みのついでに結婚の報告していたようだった。だから、それなら早めに経歴を書き換えた方がいいと思ってな」
(――――そうだ、誉は結婚して正式に籍を入れるだろう。ヤツなら、それを選択するはずだ)
出会ってまだそれ程日が経っていないのに、聖は誉の為人を知ってしまった。あいつは優しくて、情のあるヤツだと……。
そしてそれは、聖との別れを意味するという事も。
「……っ」
不覚にも、鼻の奥がツンとした。
聖は真壁から顔を逸らし、そっとメガネをずらすとハンカチで目元を押えた。
その一連の動作に目ざとく気付いた真壁は、ギョッとしたように声を上げる。
「ど、どうされました!?」
「――何でもない」
そう言い、聖は来た時と同様に、唐突に部屋を退出した。
そのあとを、慌てた様子で真壁が追ってくる。
「待ってください!」
「本当に……何でもないんだ。加賀誉の経歴の差し替えを、即急に頼んだからな。各方面にも手配を頼む。最終オーディションも近いから……」
エレベーターの前で追い付き、真壁は聖の肩に手を置く。
「聖さん! いったい――っ!?」
だが、真壁は聖の様子に気付き、凍り付いたように動きを止めた。
聖は……肩を震わせて、何かに精一杯耐えていたから。
激しく動揺し、真壁は痛みに耐えるような顔になる。
「……何があったんですか、聖さん……」
しかし、聖は小さく頭を振っただけだった。
「すまない、あとを頼む。悪いが、今日はこのまま帰らせてくれ」
「それならせめて、マンションまで送らせてください――さ、手を」
これ以上詳しく聞き出す事は、今の聖には辛いようだ。
即座にそれを理解した真壁は、やはり聖との付き合いが長いだけはある。
無遠慮に根掘り葉掘り聞くような事はせずに、ただ、最大限の愛情をもって、真壁は丁寧にその手へ触れた。
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