彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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chance

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「顔色がいいようですね、御堂さん」

「ん? そうか?」

「ええ。憂い顔の御堂さんも美人ですが、私はやっぱり、朗らかに笑っている別嬪さんの方が好きですから」

 そう言うと、マスターはワインセラーから一本選んでグラスへ注いだ。

「どうぞ、私からのサービスです」

「これは?」

Olorosoオロロソです。こいつは中華にも合うのでおススメですよ」

「シェリー酒か……」

 後味に強いキレがある。確かにこれなら、中華にも合うだろう。

 聖はマスターに微笑みながら、会話を楽しもうと口を開きかけたところ――――。

「ちょっと待ってくださいよ! マスターには嫁さんいるんだから、この人を口説こうとするのは止めて下さいよ」

 と、いささか本気で、立腹した様子の誉が割り込んできた。

「酔わせてお持ち帰りなんて、絶対にダメっすからね!」

 これにマスターは頬を赤くして「なにバカな事言ってるんだ」と、照れた様子で憤る。

「お前、今日はもう上がっていいぞ! たしか、仲間と打ち上げするとか言ってたろう?」

「え、マジですか?」

「週の半ばじゃあ、人も入らないしな。まだ早いが、今日は私だけで充分だろう」

 マスターに誉が礼を言っているのを聞いて、聖はそっと訊ねる。

「打ち上げ?」

「ああ、オーディションが通って――」

 そこで誉は、聖の存在にハッとしたようだ。

 喜びでキラキラしてた顔に、サッと影が差す。

「……あんたに、訊きたい事があるんだ」

 その言葉に、聖は頷いた。

   ◇

「オーディションに、オレの意志・・が反映されたんじゃないのかって?」

 聖はそう言うと、片眉を微かに上げる。

 どうやら誉は、自分がオーディションを通過出来た事に、少なからず聖の意向が関係しているのかもしれないと勘ぐっているようだ。

 確かに、聖は『禁忌』制作にメインで出資しているジュピタープロダクションの社長だ。
 
 二次オーディションも、ジュピターのスタジオで行われている。

 誉が勘ぐるのも、仕方がないかもしれないが。

「あんたが、オレのことを依怙贔屓したってことは……どうなんだ?」

 これに、聖は失笑した。

「バカを言うな。オレは未だかつて、実力が伴ってもいない役者を選んだ事なんてない。それに『禁忌』は主要キャスト全員がオーディションで、あちこちの芸能事務所から役者が来ていたのを知っているだろう?」

「そうだけど――」

「第一、大衆の目は誤魔化せない。一部人間だけの意向で表舞台に上げても、結局、遅かれ早かれメッキは剥がれるさ。それに『禁忌』は他の人間の仕事だ。ジュピタープロは出資はするが、製作に関してはオレは直接係わっていない」

「それじゃあ、本当に――――あんたは関係ないんだ?」

「ああ」

 だが、最終オーディションには聖も参加する。

 それを告げようとしたところ、誉は安心したようにハァと息を吐いた。

「良かった! すまない……変な言い掛かりをつけちまった」

「いや……分かったならいい」

 とりあえずそう答えると、誉はそっと両手を開いて聖を抱き締めてきた。

「もしかしたら、あんたとセックスしたから特別扱いされたのかと思った。さっきまでは腹が立っていてが――考えてみると、ちょっとそれも嬉しい気もするな」

「おいおい、どっちなんだよ」

 誉の素直な感想を聞いて、聖は、コロコロと転がる鈴のような笑い声を上げる。

 腕の中で響く、耳に心地いい声に、次第に若い誉には欲望がきざしてきた。

「この前は……ごめん、下手くそだったよな。あんた、あまりヨクなかっただろう?」

「そんな事はないさ」

 そう言ったところ、誉は聖を抱き締める腕にキュッと力を入れてきた。
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