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 正嘉は……かつて仄かな恋心を抱いたオメガの令嬢に裏切られた。

 そして――…………。

「お前の事は、何もかも知っている! 手酷く裏切られて傷付いて、それ故お前はひどく歪んでしまったことも」

「――」

「私が勝手に勘違いして大仰に騒いでいると、お前は冷めた眼で言うが……私の言っている事は真実じゃないか! どうして認めないんだ!! 」

 恵美は、目に涙を浮かべて言った。

――――じつは、彼女の言う事は、全て正しかった。

 かつて正嘉は、父にも内緒で、密かに青柳から放逐された実母を探し出した。

 しかし、探し当てた実母には既に新しい『番』が寄り添っていた。

 その上、三人もの子供達に囲まれて、幸せそうな様子で慎ましやかに暮らしていたのだ。

 でも正嘉は、期待したのだ。

 自分も、母の産んだ子供に違いないのだから、そこに入る事は出来るのではないかと。

 だが――――結果は、無残にも裏切られた。

 正嘉の実母は、正嘉の顔を見ても……それが自分の産んだ子供だとは、とうとう気付きもしなかった・・・・・・・・のだ。

『あの、久しぶりです。……オレ……』

 勇気を出して、公園で子供たちを遊ばせていた母へと近付いて、そう声を掛けた。

 だが、母は、正嘉の事を初めて見る他人のような目で見遣り、曖昧な微笑みを浮かべて口を開いたのだ。

『ええと……何か御用ですか? 』

 それは完全に、知らない人物に対する態度だった。

 正嘉は、母の事を忘れた事などなかったのに!

 幼い頃の憧憬を木っ端微塵に破壊され、正嘉は無言のままその場を去った。

 それからはもう、母とは会っていない。

――――オメガは、インチキで破廉恥な連中だ。奴等は、正嘉を裏切る事しかしない。

 他人を、心に入れてはダメだ。

 必ず手酷く裏切られる。

 裏切られるくらいなら――――こちらから先に捨ててやる。愛も恋も、どうでもいい。

……そうして、正嘉は歪んでいった…………。
「お前は、人を信じるのが怖いだけの臆病者だ! 今度は『番』に裏切られるのが怖くて不安で、だけどお前はそれを認めないで――」
「黙れっ! 」

 バシッ!

 今度は、恵美の頬が鳴った。

 手加減したとはいえ、男の力だ。

 恵美は数歩よろめくが、彼女は負けじと拳を振り上げて、今度は正嘉の腹を殴った。

 まさか腹に向かってカウンターが来るとは思っていなかった正嘉は、それをまともに受けてしまう。

「うっ……」

 油断していた正嘉は苦し気に呻くと、驚きを込めた眼で恵美を見つめた。

「お前……」

「これが本当の私だ! 侮辱されたら必ず報復するし、自分の気持ちを諦める事もしない! しかしこんな私が、お前のような最低のアルファに惚れてしまったんだ――それが、どれだけの屈辱とストレスだった事か!! 」

 ストレスだったと断言されて、正嘉はますます唖然とする。

 オメガなど、己にとって都合のいい相手におもねるようなクラゲのような輩ばかりだと思っていたが。

 あの結城奏にしても、七海達樹にしても、この九条恵美にしても。

 立て続けに出会ったオメガ達の、なんとダイヤモンドのように意思の固い事か。

 正嘉は、自分の価値観や固定概念が根こそぎ書き換えられるのを感じながら、初めて見るような眼で、恵美を見つめた。

「そうか……お前はオレに合わせようとして、随分と無理をしていたんだな…………」

 従順な風を装っていたが、その魂は、燃え盛る炎のように熱い。

 恵美が、こんなオメガの女だったとは、正嘉は全く知らなかった。

 これでは、恵美の兄や父が、正嘉との婚約を取りやめるように幾度も彼女を説得したのに、納得させられず手を焼いているという話も頷ける。
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