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 だが、正嘉の方は、不満な様子でキッと視線を向けてきた。

「なぜ、オレがお前達に侮辱されなければならない? 」

「君は、人の心が分からないのか」

「他人の考える事など、分かるワケがないだろう」

 即座に言い返す正嘉に、九条は逡巡しゅんじゅんした後、再び口を開く。

「――――君は、分からないんじゃない。考えようとしないだけだ」

 この指摘に、正嘉は言葉を失う。

 九条は嘆息しながら、そんな彼へ憐れむような視線を注いだ。

「七海が今言ったのは的を射ているな。一見すると、君は立派な体躯をしている大人の男のように見えるが……まだまだ中身は子供のままだ。だから、自分の事だけで手一杯なんだろう。人を愛する事の本質も意味も、何もまだ分かってはいない」

「なぜ、貴様にそんな事を言われなければならないのだ」

「プライドだけは高いのが、ガキの証拠だよ。そんな君に、恵美が惹かれたのは……母性本能だったのかもしれないな」

「……」

「ここで待っていてもいいし、帰ってもいい。ここから先は、ご自由にどうぞ」

 九条はそう言うと、七海の後を追って出て行った。

 あとに残されたのは、立ち尽くす栄太と屈辱感で震える正嘉。

 そして、律儀に自分の仕事を全うしようとしているメイドと、執事だけであった。

   ◇

 七海達樹は、オメガに蔓延していた死病を駆逐した天才であり英雄である。

 当然、医学界においてその名を知らぬものなど無い。

 その有名人が、コンタクトを取って来たのだ。断るようなバカなどいるワケがなかった。

「結城奏と、交換だと……? 」

 そう呟くと、A.Kの代表の一人である円子まるこひろむは目を眇めた。

 物事を考える時のクセだった。

「アジア支部の成績を上げる千載一遇のチャンスだ。もちろん結城奏も優秀な人材だが、実績のある七海達樹の協力を得た方が、より我々にとってプラスになるのでは? 」

 円子に、この話に乗るように先程から促している人物の名は、ヤン浩然ハオランだ。

 そう、ヤンはあのあとアメリカへと旅立つことになったのだが、手続きの関係で一時日本へ帰国しており、丁度そのタイミングで九条から連絡をもらったのだ。

 ヤンは、九条と七海に負い目があるという事情もあり、今回こうして、A.Kアジア支部代表である円子へと話を持ち掛ける役を買って出た次第である。

 幸いなことに、ヤンはアメリカではA.K機関に属する脳外科専門の病院へと赴任する予定であった。

 故に、アジア支部の円子との面識があったのだ。

 彼は柔らかい声で、それとなく説得をする。

「結城奏を、いつまでも大使館へ足止めをしておくのも具合が悪いのではないですか? 」

「――」

「でしたら、これは良いタイミングではないでしょうか? それに、彼は結城の師匠のようなものだし、互いの知識を共有してよりスムーズに新薬開発に取り掛かろうと話を振れば、結城も乗ってくるのでは? 」

アメリカ七海達樹主導で、日本側結城奏と連携か――――確かに、それならA.Kとしては悪い話じゃないが――」

 日本の……ましてや民間企業ではない国の国立研究機関が手掛ける事業は、総じて、とんでもない商売下手の抜け穴だらけだというのは有名な話だ。

 いや、これは言葉が悪いか。

 正確に言えば、日本人の仕事ぶりは大変真面目で正確であり、非の打ち所はないのだが、余程の無欲なのか……それを利益に繋げようとする欲や情熱が、アメリカ側から見て非常に乏しいのだ。

 今回の新薬開発をアメリカ主導で話を進めるのなら、良いトコ取り・・・・・・になる可能性は高い。

 商売に疎い日本の国立研究機関は、唯々諾々とアメリカ側へ主導権を渡すだろう。

 頭の中でソロバンを弾く円子に、ヤンは更にもう一押しと言葉を掛ける。

「それに……日本の国立研究所の研究員を強引にヘッドハンティングしたという話が広まりでもしたら、さすがにあなたもマズイのでは? 」

 ヤンはそう言うと、円子の肩にそっと手を伸ばす。
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