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しおりを挟むどうしても、頭に霞が掛ったように考えが纏まらない。
ブンブンと頭を振る奏に、男の子は『大丈夫だよ』と励ますように声をかけてきた。
「僕、お母さんがいつもいっしょうけんめいだったの、知ってるもん。お父さんよりずっと体がちいさいのに、すごいなって思ってたよ」
「○○……」
「ありがとうお母さん。じゃあ、バイバイ」
そう言うと子供はエヘヘっと笑い、次の瞬間、丘の方向へとパッと駆け出した。
「まっ……待って! 行っちゃダメだっ!! 」
奏は慌てて後を追おうとするが、どうした事か、まるで泥の中にいるように手足が動かない。
(なんで――何で動けないんだ!? ああ、あの子が行ってしまう……! )
動けない身体に焦りながらも、奏はどうにか手を伸ばそうと足掻く。
「行かないで――――! 」
絶叫が、奏の口から放たれる。
すると最後に、一瞬だけ、男の子が振り返ってニッコリと笑った。
その顔には、奏の見知った男の面影があった。
……目尻が少しだけ吊り上がり気味で、いたずらっ子のように生意気そうで。
「栄太さん――」
奏は、無意識にそう呟いていた。
◇
(っ! )
ハッと目を開くと、知らない白人男性2人が、自分の顔を覗いているのとバッチリ目が合った。
「――っ!? 」
奏は驚いて、飛び起きようとするが……自由に動かない己の四肢に直ぐに気付く。
(僕は……どうしたんだ? )
記憶の糸を手繰ると、最後に栄太と会話をしていた場面を思い出した。
(そうだ……あの時、首に違和感が走って……)
それと、今のこの状況が結びつかない。
「あ――」
声を出して訊ねようとするが、上手く発声が出来ない。
どうやら、自分は麻酔薬を投与されたようだ。
しかし男達は、奏の言いたい事が分かったらしい。
白人の一人、顎ヒゲを生やした初老の男の方が、思いの外優しい声で宥めるように話しかけてきた。
「カナデさん、お目覚めのようですね。まだ体がちゃんと動かないと思いますが、あと一時間もすればだいぶ元通りに動くと思いますよ。私はドクターのマシューです」
すると、もう一人の白人青年も自己紹介をしてきた。
「私は外交官のジョージ・ブルックです。ようこそ、カナデさん。我々はあなたを歓迎しますよ」
「――」
奏がパクパクと唇を動かすと、2人は心得たように頷いて見せた。
「ご安心ください。ここは、アメリカ大使館です」
「っ!? 」
「あなたの恋人であるマブチ・エイタさんが、あなたを連れて身柄の保護を申し出てきたのです。時間が無い中であなたを説得しようとしたものの、誤解が生じた為に上手くいかず、やむを得ず麻酔を使ってあなたを眠らせて運んだと――――少々乱暴と思うかもしれませんが、全てはあなたの事を一番に考えての行動です。責めないであげてください」
そう言うと、もう一人のドクターが眉を顰めて呟いた。
「しかし、プロポフォール混合薬を使うとは――いくら即効性とはいえ、感心しませんね。外交官が用意したのですか? 」
(※即効性麻酔の一つ。極めて短時間で効果を発揮するが血圧低下などリスクがある)
「ああ、仕方がないだろう。しかし、成人には影響ないはずだよ」
それを聞き、奏の意識がフ……と遠くなった。
(ああ、そうか……そうだったのか……)
悟ると同時に、己の下肢から生暖かい何かが滴るのを感じた。
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