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そして、バタバタと支度の準備をしながら、声だけをインターホンへ向かって発する。
「おはようございます。思ったよりも早かったですね。どうぞ、僕に構わずリビングでお待ちください」
『――ああ』
聞き取り難い声だったが、奏はあまり深く考えないで、タオルと着替えを持って顔を洗いにシャワー室へ向かった。
◇
青柳正嘉が所有している幾つものマンションを調べ、奏が入居したらしい場所を特定するのには、そう時間は掛からなかった。
それは、栄太が用意したマンションから、わずか500m先のマンションだった。業者は、どうしてこんな近場から近場にと訝しんだらしい。
栄太は、馬淵コーポレーションという不動産代理業・仲介業を経営している。
その付き合いで、当然様々な引っ越し関連業者との繋がりがあったのだ。
てっきり、運命の番である奏を手に入れた正嘉は、都心部にある青柳邸へと問答無用で彼を連れ去ると思っていたのだが……。
(――――あいつ、あんな冷たそうな顔をして……随分と甘いヤツだったんだな)
国立生化学研究所・オメガ症免疫研究室の研究員として、奏が情熱を懸けて新薬を開発している事も有り、正嘉はそれを考慮したらしい。
新しい住居は青柳邸ではなく、研究所に近い場所へ落ち着いたようだ。
奏の事など好きでもないし愛してもいないと言ったクセに、随分とその相手に気を遣ったものではないか。
「奏……」
そう、奏の新居となったリビングに立つのは正嘉ではなく、栄太であった。
栄太は、奏が身籠った子が自分の子であると聞き及び、どうしても未練を捨て去ることが出来なくなったのだ。
それに、間違いなく栄太の血を引く後継者が手に入れば…………半《なか》ば諦めていた、馬淵家の次期当主の座を獲得することが可能になる。
子供の頃から、義兄弟や義父によって散々に味わされた屈辱を返上できる。
ベータとして軽んじられたこの自分が、アルファに下剋上を叩き付けることが出来る!
それは、やはり栄太にとって、抗しがたい欲望であった。
「お待たせしました、しょ――」
シャワーを浴び、部屋で着替えを済ませてきた奏は、リビングに立つ男の正体を目の当たりにして絶句した。
もう縁は切れたはずだった栄太に、奏は当惑する。
「栄太、さん……」
「奏! 迎えに来たぞ!! 」
「『迎え』? 何を言っているんですか? 」
「青柳正嘉に、ひどい目に遭ったんだろう? 大丈夫だ。これからは、オレがお前をずっと守っていく」
「何を言っているんですか」
三日前、奏に別れを告げて去って行ったばかりではないか。
それが、どうして再び現れた!?
奏は、くらりと眩暈が襲うのを頭を振って堪え、できるだけ平静な声で言う。
「――どうぞ、お帰り下さい。あなたの大切な会社も、今が一番大変な時期でしょう? それが、どうして……」
ここでまた正嘉と争ったなら、せっかく締結した土地の売買契約にも影響するだろうに。そう匂わせた所、栄太は苦笑しながら首を振った。
「それとこれとは、違う」
「どう違うと? 」
「お前は、オレにとって必要な人間だと分かったんだ」
「今更そう言われても――」
栄太に対する感情の正体を知った以上は、もう以前のような関係には戻れない。
友人には成れるかもしれないが、恋人は無理だ。
それに第一、奏の項にはアルファである正嘉によって番の上書きが刻まれ、もう他の男とは番になれない。
「もう、僕達は終わりです。悲しいし悔しい気持ちもありましたが……今、僕は……」
「おはようございます。思ったよりも早かったですね。どうぞ、僕に構わずリビングでお待ちください」
『――ああ』
聞き取り難い声だったが、奏はあまり深く考えないで、タオルと着替えを持って顔を洗いにシャワー室へ向かった。
◇
青柳正嘉が所有している幾つものマンションを調べ、奏が入居したらしい場所を特定するのには、そう時間は掛からなかった。
それは、栄太が用意したマンションから、わずか500m先のマンションだった。業者は、どうしてこんな近場から近場にと訝しんだらしい。
栄太は、馬淵コーポレーションという不動産代理業・仲介業を経営している。
その付き合いで、当然様々な引っ越し関連業者との繋がりがあったのだ。
てっきり、運命の番である奏を手に入れた正嘉は、都心部にある青柳邸へと問答無用で彼を連れ去ると思っていたのだが……。
(――――あいつ、あんな冷たそうな顔をして……随分と甘いヤツだったんだな)
国立生化学研究所・オメガ症免疫研究室の研究員として、奏が情熱を懸けて新薬を開発している事も有り、正嘉はそれを考慮したらしい。
新しい住居は青柳邸ではなく、研究所に近い場所へ落ち着いたようだ。
奏の事など好きでもないし愛してもいないと言ったクセに、随分とその相手に気を遣ったものではないか。
「奏……」
そう、奏の新居となったリビングに立つのは正嘉ではなく、栄太であった。
栄太は、奏が身籠った子が自分の子であると聞き及び、どうしても未練を捨て去ることが出来なくなったのだ。
それに、間違いなく栄太の血を引く後継者が手に入れば…………半《なか》ば諦めていた、馬淵家の次期当主の座を獲得することが可能になる。
子供の頃から、義兄弟や義父によって散々に味わされた屈辱を返上できる。
ベータとして軽んじられたこの自分が、アルファに下剋上を叩き付けることが出来る!
それは、やはり栄太にとって、抗しがたい欲望であった。
「お待たせしました、しょ――」
シャワーを浴び、部屋で着替えを済ませてきた奏は、リビングに立つ男の正体を目の当たりにして絶句した。
もう縁は切れたはずだった栄太に、奏は当惑する。
「栄太、さん……」
「奏! 迎えに来たぞ!! 」
「『迎え』? 何を言っているんですか? 」
「青柳正嘉に、ひどい目に遭ったんだろう? 大丈夫だ。これからは、オレがお前をずっと守っていく」
「何を言っているんですか」
三日前、奏に別れを告げて去って行ったばかりではないか。
それが、どうして再び現れた!?
奏は、くらりと眩暈が襲うのを頭を振って堪え、できるだけ平静な声で言う。
「――どうぞ、お帰り下さい。あなたの大切な会社も、今が一番大変な時期でしょう? それが、どうして……」
ここでまた正嘉と争ったなら、せっかく締結した土地の売買契約にも影響するだろうに。そう匂わせた所、栄太は苦笑しながら首を振った。
「それとこれとは、違う」
「どう違うと? 」
「お前は、オレにとって必要な人間だと分かったんだ」
「今更そう言われても――」
栄太に対する感情の正体を知った以上は、もう以前のような関係には戻れない。
友人には成れるかもしれないが、恋人は無理だ。
それに第一、奏の項にはアルファである正嘉によって番の上書きが刻まれ、もう他の男とは番になれない。
「もう、僕達は終わりです。悲しいし悔しい気持ちもありましたが……今、僕は……」
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