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しおりを挟む翌日、奏は気分良く目覚めた。
久しぶりにゆっくりと眠った上に、ずっと胸の底に詰まっていた重石も取れた所為だろうか?
昨日は、自分の心を誤魔化して栄太を愛そうとしていた事に……改めて気付いた奏である。
そして、もう未練はないと見切りをつけたはずの正嘉に対して、やはりまだ気持ちが残っている事も自覚した。
正嘉は、奏の『運命の番』だ。
――――どうしたって、嫌いにはなり切れないし、憎もうと思っても憎みきれない。
正嘉が少し笑っただけで、奏の胸はトクンと高鳴る。
優しい仕草を見ただけで、頬が熱くなる。
もう30になるし、とうに処女でもないのだが、今の奏はまるで清純で無垢な乙女のようだ。
(僕……やっぱり、あの人が好きなんだな……)
貴族のように優雅で、白皙で端正な正嘉の顔を思い出し、奏の頬が染まる。
嫌いだと言って彼に背を向けもしたが、傲岸で不遜なはずのその彼が、素直に一言謝るだけで……つい許してしまいそうになる。
きっと、奏は――――昔からずっと、気持ちは変わっていなかったのだろう。
『僕は発情期になったら、正嘉さまの元へ嫁ぐんだ』
奏がまだ少年だった頃から、それを夢見ていた。
やがて絶望し、裏切られ、諦めて……でも、やっぱりどこかで願っていたのかもしれない。
いつか、自分を連れ出してくれる素敵な王子様が来てくれると。
(栄太さんは好きだ。今でも好きだ。でも――――もう恋人とは思えない……)
栄太の事を考えると、キリキリと胸が締め付けられるような気がする。
五年ものあいだ奏のことを想い、愛してくれたから。
だから奏は、精一杯それに応えようとしたのだが。
――――だが、背を向けたのは栄太の方だった。
栄太は自分の会社を救う道を選んで、奏と人生を歩む道からは外れる事を選んだ。
色々な言い訳を並べ立てたが、栄太が、奏を選ばなかった事実は変わらない。
――――その瞬間、奏の中では、栄太に対する気持ちは切れた。
太い糸だと思っていた縁が、実は紙束で出来ていたのだと知り悲しくなった。
ここから先は、独りで生きて行こうと思っていたが。
「正嘉さま……」
奏はうっとりとその名を呟き、高鳴る胸に手を当てる。
正嘉は、奏の事を愛していると誓ってくれた。
もしかしてそれは、正嘉の子供を身籠った故かと思ったが、彼はそれをハッキリと否定した。
たとえ子供の事が無かったとしても、奏を好きだと。
愛していると。
嘘をつく事など、最初から考えてないような人だ。
その言葉は真実本当だろうと、奏には充分に伝わった。
帰り際、また明日様子を見に来ると正嘉は言ったが……彼とて遊び歩いているワケではない。複数の会社を経営し、忙しいはずだ。
それでも、来ると約束したからには、必ずやって来るだろう。
「電話でいいって、言ったんだけど……」
自分の目で状態を確認しない事には安心できないと、正嘉は真顔で言い切った。
自分にとって唯一無二の大切なオメガなのだから、本当に大丈夫なのかどうか、我が目で見ないと気が済まないと――――その時を思い出し、また奏の頬が熱くなる。
「意外と、心配性なのかな……? 」
しかしそれでは、さすがにこの寝起きのままでは具合が悪い。
奏は熱めのシャワーを浴びてスッキリしようと、ベッドから身を起こした。
すると、
〔ピンポーン〕
と、呼び鈴がなった。
(えっ! もう!? )
奏は相手も確かめずに、ロックを解除した。
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