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 番となった相手を、違う男の巣になどいつまでも置きたくはない。

 正嘉は、その正直な自分の心を淡々と口にした。

 彼にとっては、自分の感情を偽る事こそが屈辱だ。

 だから、何もかも隠す事無くこうして言葉にする。

 時にそれは争いごとの元になったり、またある時は、誤解されて余計にトラブルへ発展したりする場合もあるが、常に正嘉は自分の心に誠実で正直であった。

 自分にも、他人にも決して嘘はつかない。

 そして彼は、恵美のように、自分へ向けられる一方的な好意なども必要としていない。

 正嘉が必要としているのは、正嘉自身が望む、唯一・・・からの好意だけでいい。

 照れる事もなく虚勢を張る事もなく、全てを至極当たり前のように正嘉は言う。

「オレは、皆から愛されるような男にはなりたくない」

「――」

「オレを愛するのは、オレが愛するただ一人の相手だけでいい。……そうなると、あいつには訂正しなければならないが――」

『結城奏など好きでもないし愛してもいない。だが『運命』だから、仕方がなく番にしてやっただけだ』

 正嘉は、栄太に向かって言い放った自分の言葉を顧みて、苦く笑いながら口を開く。

「オレは――――どうやら、お前を愛しているらしい」

「え? 」

「こうやって考えてみると、答えはそれしかないようだ。今まで他人に対しては興味など持たなかったが、お前にだけは違う。その、首の――」

 ハッとして首に手を回す奏に、正嘉は視線を落として言う。

「違う男のマーキング噛み痕を見て、頭に血が上った。前後も考えずに『番の上書き』をするなど……自分でも信じられない、本能的な衝動だった」

 微かに苦笑し、正嘉はそう白状する。

「多分、オレは――――お前の事が、好きなんだろう」

「正嘉さま……」

「許せ。こんな気持ちになったのは初めての事だったんだ」

 どうして、全てに倦んでいたこの自分が、衝動の赴くままに行動に出たのか?

 容姿は整ってはいるが、取り立てて美しいとまでは言えないような、この平凡なオメガの男性にここまで心を乱されるのか?

 色々考えたが、総合的に考えると、やはり答えは一つしかないだろう。

「結城奏。お前はオレの運命の番であると同時に、オレが唯一愛するオメガであるようだ」

「正嘉……さま……」

「お前はオレの運命の番なのだから、こちらは可能な限りサポートをしてやろうと思う。青柳正嘉の番になった事で不自由な思いなどさせたくはないし、不幸にもなってほしくないからな。オレがお前に好意を寄せているとはいえ、だからといってそれでお前にも同様に無理に好いてもらおうとは考えていないが、これ以上は嫌われたくないのも本音だしな」

「――」

「強引に九条邸から連れ出して住居を変えさせたのは悪かった。原因は、やはり、オレの下らない嫉妬と我が儘だな――――しかしもうこれから先は……お前が望まない事は、決してしないと約束する」

 これも至極淡々と言ったが、内容はとても真摯な誓いのセリフだった。

(正嘉さま……)

 正嘉は謝罪するが、元はといえば、奏が七海を頼って九条邸へ押しかけたのが切っ掛けだ。

 七海は奏の事を快く迎え入れてはくれたが、彼の番である九条凛は違うだろう。

 愛する番である七海の負担を考慮して、九条は、正嘉へと連絡を入れて奏を引き取らせたのだ。

 強引に正嘉によって九条邸から連れ出されはしたが、今になって考えてみると、非は自分の方にこそあると言えるだろう。

 自分が身を寄せようとした事で、七海の負担になっていた事は間違いないのだから。

(僕が――――安易に七海先輩を頼ろうとした事で、九条理事にもこの人にも迷惑を掛けて……)

 諸悪の根源は、奏かもしれない。

 そう考えると、どうリアクションを返せばいいのかと逡巡しゅんじゅんする奏に構わず、正嘉はまた語り掛ける。

「オレの我が儘を強行したせいで、移転で忙しくて、ろくに休息が取れなかったというなら謝罪しよう。こちらからも人は派遣したが、あまり役には立たなかったようだしな」

 そのセリフに、奏は小さな声でポツリと呟く。

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