インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

文字の大きさ
上 下
189 / 240
41

41-1

しおりを挟む

 傷心の七海を慰めて、甲斐甲斐しくあれこれと世話をしようとしていた奏であるが、そうそう長居は出来なかった。

「――結城さん、そろそろ御退出願います」

 不意に、そう声を掛けられたからだ。

 ビクッとして驚いて振り返ると、制止しようとしている九条家のメイドを押しやるように、厳つい男が勝手に部屋へと足を踏み入れて来るところだった。

 この男には、見覚えがある。

 そう、正嘉の命令で、奏に付けられていたボディガードの男だ。

「なっ――ど、どうして……」

「私の仕事はあなたの警護と監視です。このくらいで撒けるとお思いですか? 」

 そう言うと、男は不機嫌な様子を隠さず、ズカズカと近寄って奏の腕を取った。

「さぁ、帰りますよ」

「ぼ、僕はまだ用事があるんだ。それに、今日はここに泊まらせてもうつもりだから、君だけ先に――」

「そういう訳には、いきません。我が儘は言わないで頂きたい」

 慇懃無礼な男に、奏は負けじと踏ん張る。

「僕には、自由に行動する権利がある! 僕は正嘉さまの奴隷じゃないぞっ」

 すると、にべもなく相手は答えた。

「番のアルファの命令は絶対です。あなたがアルファならともかく、オメガである以上は、その命令に従う義務があります」

「…………そんな時代錯誤な考えは、もう欧米では通じないぞ。オメガの地位は、アルファやベータと同等だと、法令でも――」

「ここは日本です」

 ピシャリと言うと、男は強引に奏の腕を引いた。

 抗えない力に、奏は無理に引き立てられる。

「い――や、だって……」

「さぁ、参りましょう。ここに泊まりたいならば、まずはご主人様にお話をして許可を頂いてください」

 男は口調は丁寧だが、力加減をする気はないようだ。

 ギリギリと、万力で締め上げるような手の力に、奏の腕が軋む。

「う……」

「奏っ! 」

 その様子に、七海は鋭い声を上げた。

「やめろ! ここはオレの屋敷だぞ!! この屋敷の中での無体は許さない! 」

 そして七海は、立ち竦んでいるメイドへ向かい、すぐさま九条の警護の者を呼べと命令をした。

 だが、奏を連れて行こうとしている男には、大義名分がある。

「この方は、青柳正嘉アルファさまのつがいです。ですからこの方の身柄の所有権は、主人の正嘉さまにあります。なので、私はこの方を連れて行く権利があります。主人の命令は絶対ですので、私はそれに従うまでです」

「なに――」

 七海は青白い顔で、それでも声を絞り出すようにして奏を擁護しようとするが、

「逆らうのであれば、警察に通報します」

 男がそう言い切ると、七海は悔しそうにクッと唇を噛んだ。

 奏も、まさかそんな事を言われるとは思っていなかったので、慌てて抵抗を止める。

「わかった、行くから! 七海先輩を困らせないで!! 」

 そう言うと、奏は車椅子の七海へと眼差しを注ぐ。

「す、すみません、先輩……僕の所為で、急にこんな……バタバタとお騒がせして――」

「奏……お前、身体は大丈夫なのか……? 」

 奏は、決して良いとは言えない顔色だ。

 彼も受胎したばかりで、まだ安定期になど入っていないのだ。

 しかも、あんな無理な状況で…………。

 七海は心配になって、奏に手を伸ばす。

 だが、その手は届かなかった。

「さぁ、行きますよ」

 そう言うと、有無も言わさぬ力で、男は奏を連れて行った。

「奏――! 」

 その声にチラリと肩越しに振り返ると、奏は『あとで連絡します』と唇を動かした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

処理中です...