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 奏はそう呟くと、フゥと溜め息をついて頭を下げた。

「――――迷惑ばかりかけてしまって、すみませんでした」

 七海の身体は普通ではないというのに、幾ら何でも甘え過ぎだ。

 だから、どうしても謝りたかった。

 しかし、七海はそんな悄然とした奏の様子に気付くと、優しく首を振った。

「……謝るのは、こっちの方だよ。ここに奏が居ることを知らせたのは――――九条だったんだ」

「えっ!? 」

「ヤツは、厄介ごとを片付けたかったらしい」

厄介ごと・・・・・というのが何を指しているのか自覚のある奏は、シュンと項垂れる。

「そうですね……理事にとっては、僕のことは……」

 だが、謝罪を先に口にしたのは七海の方だった。

「本当に、お前には申し訳ない事をしてしまった。正嘉から匿おうとしたんだが、それを、九条のヤツ――」

「いいえ、そんなっ! 理事のお気持ちも分かりますから」

 愛しい七海を煩わせることなど、九条が快く思うワケがない。

 即急に、トラブルの元であろう元凶には、去ってもらいたいと思うのが当たり前だ。

 それを責める権利など、奏にあるワケがない。

「本当に、すみませんでした。全部自分でどうにかしないとダメだったのに――三十にもなって、小さな子供みたいに人を頼ろうとした自分が情けないです。僕は、もっと強くならないといけないんだ……」

「奏は、充分強いよ。それに、人一倍頑張り屋さんだ」

 七海はそう言うと、か細い声で続ける。

「オレにとっては、奏は可愛い弟みたいなものだけど…………九条にとっては、やっぱり違うようだ。でも、あいつの気持ちも分からんでもないんだ。だから、許してやってくれ」

「それは、もちろんです! それに、謝るのはこっち方――」

「ああ、この話は堂々巡りになってしまうから、ここでお仕舞にしよう」

 そう締めると、七海は微笑みを浮かべた。

「お腹、大切にしないとな」

「は、はい…………」

「でも、顔色が悪いね。ちゃんと胎教を考えないと――妊娠初期なんだから、身体は安静にしないとダメだ。特に、オメガの男体は気を付けないと」

「はい」

「このことは、正嘉は? 」

「いえ、まだ知らないと思います。僕はここ九条邸から強制的に青柳の所有する家に移されましたが、前のマンションの方を引き払う手続きや何やらで忙しかったですし。第一、僕は極力あの人正嘉さまに遭わないよう時間をズラして行動してましたから、顔もまともに会わせていません。あれから三日経ちますが、まだ何の話もしてませんよ」

 それに、このお腹に宿った命は、絶対に誰にも渡すつもりはない。

 奏はどうにか自立をして、一人で子供を育てようと考えていた。

 それには、どうあっても新薬の完成が必要だ。

 それを以って、今現在最低ラインに置かれているオメガの地位を底上げして『オメガは、アルファやベータによって庇護される生き物』というレッテルを剥がす必要がある。

 自由と自立を勝ち取るために、奏は、強くあろうと決意を固めていた。

「そうか――それじゃあ、オレも奏の力にならないとね」

 頼もしい後輩の様子に、七海はうんうんと頷く。

「オレも、色々とレシピの構成を組み立ててみたんだ。さっそくデータを擦り合わせて検証してみよう」

「ありがとうございます…………でも、まずは七海先輩は安静にしてください」

「――」

「ほら、先輩だって、お腹に子供が――」

『いるじゃないですか』と、そう言い掛けた言葉の先を取られた。

「それはもう、いいんだ」

「え? 」

「――――オレにはもう、終わってしまった・・・・・・・・話だ。これから命が尽きるまでの時間は、奏や皆の為に遣うよ」

「な、七海……先輩……? 」

(それは――それは、どういう意味なん…………です、か? )



 奏は、自分の声が次第に強張るのを感じた。



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