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 その言葉に、奏はカッとして言い返してしまった。

「軽々しく『番』なんて言わないでください! 」

「リーダー……」

 機嫌の悪い様子の奏に、相手は戸惑う。

 普通のオメガならば、アルファの番を得た事は無上の喜びである筈だ。

 しかし奏は、その事を嬉しく思っている様子は全くなく、むしろ忌々しく思っているような様子である。

『番』を得たら、もううなじを隠す事などしないオメガが多い中、奏はシャツのボタンを一番上まで閉めて完全に隠している。

 それはつまり、項の傷を不名誉に思っているという事である。

「もしかして、リーダーは、意に添わぬ番の契約をしてしまったんですか? 」

 後輩からの直球の質問に、奏は嘆息した。

「……ああ、そうだね……」

「でも、相手はアルファでしょう? ベータよりもずっと格上じゃないですか。それに抑制剤も必要なくなるんだし、色々と好条件も揃っている」

「……」

「好き嫌いは別にして、この際、割り切った方が良くないですか? 」

 ドライに思えるが、これまで長く虐げられてきたオメガにとっては、それが身を守る処世術だ。

(こういう考え方が、オメガとして一般的なんだろうな……)

 それは分かるが、だが、奏はそこに風穴を開けたい。

 好き嫌いで、自分の『番』を決める。今までのオメガ男体は、それさえ出来なかった。

『男のクセに、尻を濡らして気持ちが悪い淫売』

 一方的になじられ、嘲笑される。

 そこから抜け出したくて、アルファの番を求めるオメガ達。

 恋愛感情も好きも嫌いも関係なく、皆、苦しみから逃げ出す方法として『番』だけを欲しがった。

「僕は……オメガ達みんなが、キラキラするような恋愛をして、そして番になるような……そんな世界を作りたいんだ」

 アルファに項を噛まれて一方的に所有物にされるような、そんな関係は終わりにしたい。

 幸いな事に、こうしてある程度の自由を許してくれているのをかんがみると、正嘉は恐れていたほど暴君ではないようだ。

監視ボディーガードの目はあるが、あくまで奏とは距離を取ってくれているので、それ程圧迫感はない。

 だが、だからといって安心は出来ないだろう。

 いつ正嘉が態度を豹変させて、奏を虐げるか分かったものではない。

 それに、今の奏の身体には新たな命が宿っている。

 これは、そうそういつまでも隠し通せるものではない。

 即急に対策を考えなければいけないだろう。

 もしも知られてしまったら、最悪、奏は我が子を奪われたうえに青柳から追放されるという事も有り得るのだから。

(よし、少しだけ芝居をしてみるか……)

 奏はPCの画面にデータを映しながら、それとなく難しい顔をする。

「――――検体のデータの差異が、思ったほど縮んでいないね。この交差についてもっと検討して、来週の会議までに間に合わせよう。次の検討会には、厚生省の役人も直接顔を出す予定だから、ここは力を入れないとね」

「はい、そうですね」

「……この配列のデータは? 」

「あ、前リーダーが纏めたものですね」

「前リーダー……」

 つまり、七海達樹だ。

(よし、いいタイミングで名前が出て来たぞ)

 奏は内心で膝を打つと、如何にも今思い当たったという風を装って口を開いた。

「そうか、七海先輩か! 七海先輩は海外のR大学で病理学も極めたヒトだ。薬理が専門の僕なんかよりも、余程知識も豊富な筈だね。でも、七海先輩は――」

「ああ、はい。今日も連絡は来てませんね……でも、元々長期休養で休暇に入る予定でしたし――お体の件もありますし、こちらから出席を要請するには、ちょっと……」

「うん、そうだね。だから、七海先輩のお見舞いを兼ねて、僕がこれから様子を見に行ってみるよ」

 奏はそう言いながら、チラリと、壁際にいる監視の様子を窺う。

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