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 これまでのように、都合のいい夢ばかりを見ていては、また自分が傷付くだけなのだから。

 それはもう、散々に味わった苦い経験が物語っている。

 正嘉は、決して信用してはダメだ。

 第一、本当に何を考えているのか、正嘉の真意が奏には全く分からないのだから。

 運命だから従うのだと急に言われても、こっちは迷惑千万だ。

 昔の奏だったら、涙を流して喜んだかもしれないが…………あまりにも時が流れ過ぎた。

 奏には既に、オメガを過酷な現状から救うのだという夢があり、我が身に宿った新たな命を、自分だけの手で育むのだという新たな夢も出来ていた。

 そこにはもう、恋人や番を持とうなどという願望が入る余地は無い。

 皮肉な事に、ようやく成熟期に入り『番』に興味を持ち始めたアルファの正嘉とは逆に、オメガの奏の方は『番』の必要性を全否定するという道を選んでしまったのである。

 今の奏には、正嘉の事など信用ならないという一念のみだ。

(現に、僕の自由を保障するなんて言っておきながら、監視を付けるっていうじゃないか。正嘉さまの言葉を真に受けてはダメだ! ましてや、僕の身体は……もう僕だけのものじゃないんだから)

 お腹に宿ったばかりの命は、必ず守らなければ。

 もう、番も恋人も奏には必要ない。

 奏には、この子さえあれば、もう他は何もいらない。

(必ず新薬は完成させるし、この子も育ててみせる。それにはまず、やはり七海先輩と連絡を取らなければ)

 悲壮な決意を固める奏をどう思ったか、チラリと横目で一瞥すると、また正嘉は興味を失ったように目を背けた。

   ◇

 責任感が強くて、後輩思いで優しい筈の七海が、九条邸で最後に会話をした時から姿を見せていない。

 研究所の方にも連絡がないらしく、奏はどんどん不安になっていた。

 あれから、三日。

 七海と連絡を取りたいが、何故か電話も通じないしメールの返事も返ってこない状況に奏は困惑を深めていた。

 しかし研究所にさえ来れば、何かしらコンタクトは取れると思っていたのだが。

 だが、そのアテは外れてしまい、未だに連絡が取れないでいる。

…………これはやはり、何かあったに違いない。

(七海先輩――)

 こうなったら、直接自分の足で九条邸へ行ってみようと、奏は考えていた。

 正嘉の付けた監視の目は気になるが、この際それは無視する事にする。

 もしも行動を制限されたとしても、振り払ってでも――……必ず七海に会おう。

 そう決意を固めて、奏はデータの纏めを急いだ。

(……そうだよ、七海先輩だって身重の身体なんだ。僕も、先輩に頼る事ばかりを考えないで、先輩の力になれるようにもっと頑張らないと)

 オメガ同士、互いに協力してこの窮地を乗り切らなければ。

 ましてや、七海にはもう残されている時間が少ない。

 今は、むしろ奏の方が、七海を助けなければならない立場の筈だろう。

(しっかりしろ、奏! 正嘉さまなんか信用できないんだから、これからは全部自分の力で解決して行くんだ)

 オメガの男体は、妊娠初期は非常に体調が不安定になるというのは専門書に書いていた。しかし、如何せん婦人科は専門ではないので、奏には詳しい知識がない。

(七海先輩…………とにかく、まずは顔を合わせて話をしない事には…………)

 難しい表情をしている奏に気付き、同僚の研究員が声を掛けてきた。

「リーダー、どうしました? やはり体調が優れませんか? 顔色も悪いですし……無理はしないで、今日はもう新居へ戻った方がいいのではないですか? …………その、壁際に立っているお付きの方も、気掛かりそうに先程からチラチラと先輩の様子を見てますよ」

「『新居』だって? 」

 奏は苦々しく言うと、強張った声で告げる。

「冗談じゃない。あんなところ、余計に具合が悪くなるよ」

「でも――以前お付き合いされていたベータではなく、本物のアルファが、リーダーの新しい番になったんですよね? 」

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