178 / 240
39
39-6
しおりを挟む
これまでのように、都合のいい夢ばかりを見ていては、また自分が傷付くだけなのだから。
それはもう、散々に味わった苦い経験が物語っている。
正嘉は、決して信用してはダメだ。
第一、本当に何を考えているのか、正嘉の真意が奏には全く分からないのだから。
運命だから従うのだと急に言われても、こっちは迷惑千万だ。
昔の奏だったら、涙を流して喜んだかもしれないが…………あまりにも時が流れ過ぎた。
奏には既に、オメガを過酷な現状から救うのだという夢があり、我が身に宿った新たな命を、自分だけの手で育むのだという新たな夢も出来ていた。
そこにはもう、恋人や番を持とうなどという願望が入る余地は無い。
皮肉な事に、ようやく成熟期に入り『番』に興味を持ち始めたアルファの正嘉とは逆に、オメガの奏の方は『番』の必要性を全否定するという道を選んでしまったのである。
今の奏には、正嘉の事など信用ならないという一念のみだ。
(現に、僕の自由を保障するなんて言っておきながら、監視を付けるっていうじゃないか。正嘉さまの言葉を真に受けてはダメだ! ましてや、僕の身体は……もう僕だけのものじゃないんだから)
お腹に宿ったばかりの命は、必ず守らなければ。
もう、番も恋人も奏には必要ない。
奏には、この子さえあれば、もう他は何もいらない。
(必ず新薬は完成させるし、この子も育ててみせる。それにはまず、やはり七海先輩と連絡を取らなければ)
悲壮な決意を固める奏をどう思ったか、チラリと横目で一瞥すると、また正嘉は興味を失ったように目を背けた。
◇
責任感が強くて、後輩思いで優しい筈の七海が、九条邸で最後に会話をした時から姿を見せていない。
研究所の方にも連絡がないらしく、奏はどんどん不安になっていた。
あれから、三日。
七海と連絡を取りたいが、何故か電話も通じないしメールの返事も返ってこない状況に奏は困惑を深めていた。
しかし研究所にさえ来れば、何かしらコンタクトは取れると思っていたのだが。
だが、そのアテは外れてしまい、未だに連絡が取れないでいる。
…………これはやはり、何かあったに違いない。
(七海先輩――)
こうなったら、直接自分の足で九条邸へ行ってみようと、奏は考えていた。
正嘉の付けた監視の目は気になるが、この際それは無視する事にする。
もしも行動を制限されたとしても、振り払ってでも――……必ず七海に会おう。
そう決意を固めて、奏はデータの纏めを急いだ。
(……そうだよ、七海先輩だって身重の身体なんだ。僕も、先輩に頼る事ばかりを考えないで、先輩の力になれるようにもっと頑張らないと)
オメガ同士、互いに協力してこの窮地を乗り切らなければ。
ましてや、七海にはもう残されている時間が少ない。
今は、むしろ奏の方が、七海を助けなければならない立場の筈だろう。
(しっかりしろ、奏! 番なんか信用できないんだから、これからは全部自分の力で解決して行くんだ)
オメガの男体は、妊娠初期は非常に体調が不安定になるというのは専門書に書いていた。しかし、如何せん婦人科は専門ではないので、奏には詳しい知識がない。
(七海先輩…………とにかく、まずは顔を合わせて話をしない事には…………)
難しい表情をしている奏に気付き、同僚の研究員が声を掛けてきた。
「リーダー、どうしました? やはり体調が優れませんか? 顔色も悪いですし……無理はしないで、今日はもう新居へ戻った方がいいのではないですか? …………その、壁際に立っているお付きの方も、気掛かりそうに先程からチラチラと先輩の様子を見てますよ」
「『新居』だって? 」
奏は苦々しく言うと、強張った声で告げる。
「冗談じゃない。あんなところ、余計に具合が悪くなるよ」
「でも――以前お付き合いされていた方ではなく、本物のアルファが、リーダーの新しい番になったんですよね? 」
それはもう、散々に味わった苦い経験が物語っている。
正嘉は、決して信用してはダメだ。
第一、本当に何を考えているのか、正嘉の真意が奏には全く分からないのだから。
運命だから従うのだと急に言われても、こっちは迷惑千万だ。
昔の奏だったら、涙を流して喜んだかもしれないが…………あまりにも時が流れ過ぎた。
奏には既に、オメガを過酷な現状から救うのだという夢があり、我が身に宿った新たな命を、自分だけの手で育むのだという新たな夢も出来ていた。
そこにはもう、恋人や番を持とうなどという願望が入る余地は無い。
皮肉な事に、ようやく成熟期に入り『番』に興味を持ち始めたアルファの正嘉とは逆に、オメガの奏の方は『番』の必要性を全否定するという道を選んでしまったのである。
今の奏には、正嘉の事など信用ならないという一念のみだ。
(現に、僕の自由を保障するなんて言っておきながら、監視を付けるっていうじゃないか。正嘉さまの言葉を真に受けてはダメだ! ましてや、僕の身体は……もう僕だけのものじゃないんだから)
お腹に宿ったばかりの命は、必ず守らなければ。
もう、番も恋人も奏には必要ない。
奏には、この子さえあれば、もう他は何もいらない。
(必ず新薬は完成させるし、この子も育ててみせる。それにはまず、やはり七海先輩と連絡を取らなければ)
悲壮な決意を固める奏をどう思ったか、チラリと横目で一瞥すると、また正嘉は興味を失ったように目を背けた。
◇
責任感が強くて、後輩思いで優しい筈の七海が、九条邸で最後に会話をした時から姿を見せていない。
研究所の方にも連絡がないらしく、奏はどんどん不安になっていた。
あれから、三日。
七海と連絡を取りたいが、何故か電話も通じないしメールの返事も返ってこない状況に奏は困惑を深めていた。
しかし研究所にさえ来れば、何かしらコンタクトは取れると思っていたのだが。
だが、そのアテは外れてしまい、未だに連絡が取れないでいる。
…………これはやはり、何かあったに違いない。
(七海先輩――)
こうなったら、直接自分の足で九条邸へ行ってみようと、奏は考えていた。
正嘉の付けた監視の目は気になるが、この際それは無視する事にする。
もしも行動を制限されたとしても、振り払ってでも――……必ず七海に会おう。
そう決意を固めて、奏はデータの纏めを急いだ。
(……そうだよ、七海先輩だって身重の身体なんだ。僕も、先輩に頼る事ばかりを考えないで、先輩の力になれるようにもっと頑張らないと)
オメガ同士、互いに協力してこの窮地を乗り切らなければ。
ましてや、七海にはもう残されている時間が少ない。
今は、むしろ奏の方が、七海を助けなければならない立場の筈だろう。
(しっかりしろ、奏! 番なんか信用できないんだから、これからは全部自分の力で解決して行くんだ)
オメガの男体は、妊娠初期は非常に体調が不安定になるというのは専門書に書いていた。しかし、如何せん婦人科は専門ではないので、奏には詳しい知識がない。
(七海先輩…………とにかく、まずは顔を合わせて話をしない事には…………)
難しい表情をしている奏に気付き、同僚の研究員が声を掛けてきた。
「リーダー、どうしました? やはり体調が優れませんか? 顔色も悪いですし……無理はしないで、今日はもう新居へ戻った方がいいのではないですか? …………その、壁際に立っているお付きの方も、気掛かりそうに先程からチラチラと先輩の様子を見てますよ」
「『新居』だって? 」
奏は苦々しく言うと、強張った声で告げる。
「冗談じゃない。あんなところ、余計に具合が悪くなるよ」
「でも――以前お付き合いされていた方ではなく、本物のアルファが、リーダーの新しい番になったんですよね? 」
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
好きな子が毎日下着の状態を報告してくるのですが正直脈ありでしょうか?〜はいてないとは言われると思いませんでした〜
ざんまい
恋愛
今日の彼女の下着は、ピンク色でした。
ちょっぴり変態で素直になれない卯月蓮華と、
活発で前向き過ぎる水無月紫陽花の鈍感な二人が織りなす全力空回りラブコメディ。
「小説家になろう」にて先行投稿しております。
続きがきになる方は、是非見にきてくれるとありがたいです!
下にURLもありますのでよろしくお願いします!
https://ncode.syosetu.com/n8452gp/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる