168 / 240
38
38-4
しおりを挟む
必死に説明をしようとする奏に、栄太は静かに首を振った。
「無理をするな」
「――え? 」
「お前は、今までの5年間…………発情期にオレに抱かれる度に、何度も何度も『正嘉さま』と、うわ言を繰り返していた。本当は、お前は――――心の底では、ずっとあの男を忘れられずに想っていたんだよ」
「そ、そんなっ! 」
そんなセリフを口にしていたなどと、奏は全然覚えていない。
今になって記憶にない事を今言われても、困惑するだけだ。
「それは、違います! 」
「でも、言っていたのは本当の事だ」
悲しそうな顔をする栄太に、奏はどうすればいいのかと動揺する。
栄太は、いつも自信満々で野心に満ちていて、ちょっと強引な所はあるが……でも、そんなところも魅力的で。
それに、少し意地悪だけど本当は優しくて、頼りになる男性の筈だった。
だが、今はこうして別人のように肩を落とした様子で、滔々と独り言のように過去の房事に起こったことを喋っている。
(どうして、そんな事を言うんですか? )
奏は、栄太に何と言って言葉を掛ければいいのか分からない。こんな風に覚えがない事を言われても困るだけだ。
だが、発情期の記憶が定かではない以上、栄太の言葉は否定できないのも事実だ。
「……正嘉さまは…………僕の運命の番でした。だから、僕がうわ言に正嘉さまの名前を呼んでいたと栄太さんが言うのなら、それは本当の事なんでしょう……」
でも、と奏は続ける。
「――――でも、僕はそれでも――――今は、栄太さんを愛しています」
5年もの間、封も解かれない贈り物に添えられていた愛の告白を知って、奏はそれを受け入れる事にした。
自分を愛していると言ってくれた、その栄太の言葉を信じたのだ。
どうしてこの期に及んで、正嘉の気紛れに惑わされなければならないのか。
いつもの、自信に満ちた野性味あふれる栄太に戻ってほしい!
「正嘉さまの事は気にしないで、2人で一緒に頑張りましょう! それに番の上書きにしたって、きっと正嘉さまにとってはどうでもいい戯れに過ぎないと思います。あの人が、本気で僕と番になりたがるワケがない」
「しかし、お前達は『運命の番』の自覚があるのだろう」
「で、でも……だって、僕はオメガの男体ですよ? だから僕は、青柳家から二度も冷たく追い払われたのに。あの人が今になって、僕をどうこうする筈がないじゃないですか」
強張った顔で、無理に笑いながら奏は言う。
この時の奏は、本当に正嘉の謎の行動はただの気紛れなのだと思っていたので、奏を本気で青柳へ迎え入れようとして、正嘉が実際に行動を起こしている事は知らなかった。
ただ、どういったつもりかは知らぬが、ふいと気が向くままに足を向けた先に奏がいて、偶然にも奏がヒートであったが為に……不幸な事故のようなことが起こったのだと、そう思っていた。
わざわざ九条恵美を連れて来て謝罪させた事や何やらは本当に意味が分からないが…………アルファの知り合いは九条理事を含め少数しか知らないが、きっとアルファという人種は、どこか考え方に偏重傾向があるのではと思う。
自分の思考や主義を第一に考えて、他者の想いを察するのが鈍いのではなかろうかと。
だから、自分の思い付くままに行動して、その結果、相手が何を思うかまでは予測もしないのだろう。
そんな自分勝手なアルファに、ようやく明るい方向へ進み始めたばかりの奏の人生を狂わされるなど冗談ではない。
ようやく、お腹には新しい命が宿ろうとしているのだし。
だから奏は、青白い顔で必死に笑顔を作った。
「栄太さん、それじゃあ――――悪い話はここまでにして、今度は良い話の方を聞きたくはないですか? 」
「……良い話? 」
「はいっ」
ニッコリと笑って、奏はとっておきのニュースを口にした。
「……先日の発情期の時の性交によって、僕のお腹に着床が確認されました」
「――え? 」
「子供が宿ったんです、僕のお腹に! 」
「無理をするな」
「――え? 」
「お前は、今までの5年間…………発情期にオレに抱かれる度に、何度も何度も『正嘉さま』と、うわ言を繰り返していた。本当は、お前は――――心の底では、ずっとあの男を忘れられずに想っていたんだよ」
「そ、そんなっ! 」
そんなセリフを口にしていたなどと、奏は全然覚えていない。
今になって記憶にない事を今言われても、困惑するだけだ。
「それは、違います! 」
「でも、言っていたのは本当の事だ」
悲しそうな顔をする栄太に、奏はどうすればいいのかと動揺する。
栄太は、いつも自信満々で野心に満ちていて、ちょっと強引な所はあるが……でも、そんなところも魅力的で。
それに、少し意地悪だけど本当は優しくて、頼りになる男性の筈だった。
だが、今はこうして別人のように肩を落とした様子で、滔々と独り言のように過去の房事に起こったことを喋っている。
(どうして、そんな事を言うんですか? )
奏は、栄太に何と言って言葉を掛ければいいのか分からない。こんな風に覚えがない事を言われても困るだけだ。
だが、発情期の記憶が定かではない以上、栄太の言葉は否定できないのも事実だ。
「……正嘉さまは…………僕の運命の番でした。だから、僕がうわ言に正嘉さまの名前を呼んでいたと栄太さんが言うのなら、それは本当の事なんでしょう……」
でも、と奏は続ける。
「――――でも、僕はそれでも――――今は、栄太さんを愛しています」
5年もの間、封も解かれない贈り物に添えられていた愛の告白を知って、奏はそれを受け入れる事にした。
自分を愛していると言ってくれた、その栄太の言葉を信じたのだ。
どうしてこの期に及んで、正嘉の気紛れに惑わされなければならないのか。
いつもの、自信に満ちた野性味あふれる栄太に戻ってほしい!
「正嘉さまの事は気にしないで、2人で一緒に頑張りましょう! それに番の上書きにしたって、きっと正嘉さまにとってはどうでもいい戯れに過ぎないと思います。あの人が、本気で僕と番になりたがるワケがない」
「しかし、お前達は『運命の番』の自覚があるのだろう」
「で、でも……だって、僕はオメガの男体ですよ? だから僕は、青柳家から二度も冷たく追い払われたのに。あの人が今になって、僕をどうこうする筈がないじゃないですか」
強張った顔で、無理に笑いながら奏は言う。
この時の奏は、本当に正嘉の謎の行動はただの気紛れなのだと思っていたので、奏を本気で青柳へ迎え入れようとして、正嘉が実際に行動を起こしている事は知らなかった。
ただ、どういったつもりかは知らぬが、ふいと気が向くままに足を向けた先に奏がいて、偶然にも奏がヒートであったが為に……不幸な事故のようなことが起こったのだと、そう思っていた。
わざわざ九条恵美を連れて来て謝罪させた事や何やらは本当に意味が分からないが…………アルファの知り合いは九条理事を含め少数しか知らないが、きっとアルファという人種は、どこか考え方に偏重傾向があるのではと思う。
自分の思考や主義を第一に考えて、他者の想いを察するのが鈍いのではなかろうかと。
だから、自分の思い付くままに行動して、その結果、相手が何を思うかまでは予測もしないのだろう。
そんな自分勝手なアルファに、ようやく明るい方向へ進み始めたばかりの奏の人生を狂わされるなど冗談ではない。
ようやく、お腹には新しい命が宿ろうとしているのだし。
だから奏は、青白い顔で必死に笑顔を作った。
「栄太さん、それじゃあ――――悪い話はここまでにして、今度は良い話の方を聞きたくはないですか? 」
「……良い話? 」
「はいっ」
ニッコリと笑って、奏はとっておきのニュースを口にした。
「……先日の発情期の時の性交によって、僕のお腹に着床が確認されました」
「――え? 」
「子供が宿ったんです、僕のお腹に! 」
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
好きな子が毎日下着の状態を報告してくるのですが正直脈ありでしょうか?〜はいてないとは言われると思いませんでした〜
ざんまい
恋愛
今日の彼女の下着は、ピンク色でした。
ちょっぴり変態で素直になれない卯月蓮華と、
活発で前向き過ぎる水無月紫陽花の鈍感な二人が織りなす全力空回りラブコメディ。
「小説家になろう」にて先行投稿しております。
続きがきになる方は、是非見にきてくれるとありがたいです!
下にURLもありますのでよろしくお願いします!
https://ncode.syosetu.com/n8452gp/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる