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 奏は、そう信じていた。

「栄太さん、僕の――」

 と、言い掛けたところで、それまで無言だった栄太が不意に口を開いた。

「…………オレは、奏の事は今でも好きだ」

「え? 」

「嫌いにはならない。――――どんな事が起こっても」

「あ、あの……? 」

 戸惑う奏に、栄太は奇妙なほどに優しく言い募る。

「5年前、金で買うように強引にお前を抱いた。その時に、お前の身体を傷付けてしまった事は今でも申し訳なく思っている。オレは、あれからずっと罪悪感にさいなまれていた」

「い、いいですよ……そんな。もう謝ってもらっている事ですし。僕も、今はもう……」

「――――すまなかった」

 そう言うと、栄太は頭を下げた。

 しかし奏は、ますます戸惑うばかりだ。

 だって、それはもう謝罪を受けて済んだ話の筈だ。

 その後、自分達は互いの心を吐露して思いを確かめ合い、優しく愛し合って番になったのだ。それなのに何故、また栄太は謝罪を繰り返すのだろうか?

「栄太さん、僕はもうあなたの事は、憎んでも恨んでもいませんよ。今は、僕はあなたと番いになって――」

「――だからお前が、ずっと昔から恋い慕っていた『正嘉さま』と本物の番になったとしても――――オレは、お前の事を愛しているのに変わりはない」

「っ!! 」

 その言葉に、奏は衝撃を受け目を見張る。

 首の傷はシャツで隠している。

 これからその理由を説明しようとしていたのに、もう栄太はその答えを知っていたというのか!?

「え、栄太さん…………あの、僕は…………」

「しかし、だからと言ってずっとお前を拘束する権利はオレには無い。愛しているのは本当だが、お前の自由を縛る資格など、ベータのオレには許されていないんだ」

「え? 」

「だから、奏……オレに対しては、お前は何の遠慮もしなくていいんだ」

「な、何を――――言ってるんですか? 」

 栄太のセリフに、奏はどんどん不安が増していく。

 嫌な予感が徐々に強まり、気持ちの悪い動悸がする。

「栄太さん、あの……僕のうなじのこと……」

 最後まで口にする前に、痛みを堪えるような表情で小さく頷く栄太に、奏はギュッとシーツを握り締めた。

「……僕が『番の上書き』をされてしまった事を…………誰からか聞いたんですか? 」

「――――ああ」

「九条理事ですか? それとも……七海先輩ですか? 」

 震える声で訊ねると、栄太は低い声で答えを返した。

「青柳正嘉だ」

「っ! 」

「あいつが、直接オレに言ったんだ。お前はもう自分の番になったと――――勝ち誇るワケでもなく、とても淡々とした口調で」

「……」

 どうして――――と、奏は激しい眩暈に襲われた。

 正嘉の心が分からない。

 いまの今迄奏の事など眼中に無かったのに、突如現れて、奏の人生を弄ぼうとしているのか? 

 どうせいつか知られるならば、自分の口から経緯を伝えようと、勇気を出してここへ栄太を招いたのに。

 いったい正嘉は、栄太に何と伝えたのだろうか?

 もしや、奏の方から誘ったとでも言ったのか?

 それならば、とんでもない大嘘だ!

「栄太さん、あの、これは本当に事故のようなものなんです。間の悪い事に、僕は発情期に入っていたというのに、不用心にも首輪もしないで外出してしまって――その時に、たまたま正嘉さまと会ってしまって。僕は自覚してなかったんですが、オメガフェロモンが漏れ出していたようで、だから……」

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