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「奏……」

 栄太はその名を口にすると、次に言葉を失った。

――――余程気分が優れないのだろう、奏はベッドに座って上体を起こしたままで、栄太を迎えた。その顔色はかなり悪い。

 だがそれでも、健気に笑顔を浮かべて栄太を見つめる奏に、栄太の心はギュッと締め付けられた。

 二日前に、色々と都合があるので奏は九条邸に身を寄せていると、栄太は七海達樹から連絡を貰っていた。

 奏を抱いたのは、その前日深夜だ。

 もしや、何か関係があるのか――――そう思い、直ぐにでも奏の様子を見に来たかったが、とにかく会社が大変で対応に忙しくその暇さえ無かった。

 それに栄太は、敵意を込めて自分を睨みつけてくる、奏の先輩である七海がどうにも苦手で、正直言ってここ九条邸へ来るのは気が重かったのだ。

 しかし、今、栄太は意を決してこうして九条邸へ足を運んでいた。

 その原因は、あの青柳正嘉にある。

 今日の20時までに、馬淵コーポレーションが手掛ける開発地域の土地取得に関して、栄太本人が直接、正嘉の元へ足を運ばなければならぬとなった所為だ。

 正嘉は、奏に『番の上書き』をしたという。

 今回は、特別にそのよしみで、栄太の会社を救ってやってもいいと言うのだ。

 だから、顔を出せと言いたいのか!?

 何と勝手な――と、激しく憤りを覚えるが、実際問題として青柳の持つ土地を手に入れなければ会社は終わる。

 それはもう、誰も目にも明らかだ。

 奏は、そんな複雑な栄太の心情など知らぬ様子で、無邪気に表情を和ませた。

「栄太さん、お仕事が忙しいのでしょう? でも、そんな中でもこうして来てくれて……僕は嬉しいです」

 そう言うと、奏は青白い顔でニッコリと微笑む。

 そうしながら、申し訳なさそうに小声で謝罪をした。

「その……こんな格好でゴメンなさい。ベッドに座ったままなんて、行儀が悪いと思うけれど、ちょっと、今――――体調が悪くって」

 奏はベッドの中で、上半身だけ起こした姿勢でペコリと頭を下げる。

 しかし、体調が悪いという割には、奏はまたシャツのボタンを一番上まで閉じている。
見るからに、窮屈そうだ。

 普通なら、ゆったりとした寝間着かガウンを纏っているだろうに――――明らかに、休息を取るには不自然な服装だ。

 三日前…………奏を抱いた時も、やはり同じ格好だった。

 着ていたシャツは一番上までボタンを閉じていたのに、下は何故か何も纏っていなかった。

 ただ、とにかくその時の奏の様子は尋常ではなく、栄太はその原因を追究できぬままに、彼の望むままに抱いた。

 発情期で、身体も頭も正常ではないのだろう――――単純に、あの時はそう思ったが。

 今にして思えば、あの奇妙な格好は、アルファの青柳正嘉に『番の上書き』をされた傷痕を、栄太に気付かれぬようにと考えた苦肉の策なのだろう。

 それに――――よくよく思い出してみると、オメガのヒートフェロモンを、いつもの発情期程には感じなかった気がする。

 今思い返せば、合点がいく。だって、それもそうだろう。

 アルファの『番』にされたのなら、そのオメガフェロモンは番の相手にしか利かなくなる。

――――つまり、栄太は除外されるのだから。

 そして奏も、もうその身体は番以外の男は受け付けなくなる。

 そうなると、全てが符合する。

 どうして、奏はあんなに具合が悪そうだったのか?

 栄太の腕の中で、全く快感を感じる様子もなく、只々苦しんでいたのか。


 何故なら――――栄太は、もう…………奏の番ではなくなっていたからだ。


「栄太さん? 」

「っ! 」

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